So-net無料ブログ作成
検索選択
前の10件 | -

2017年4月16日 [その他(戦史研究関係)]

今日は告知です。おとといの4月14日に、新刊『「天皇機関説」事件』(集英社新書)が発売されました。

天皇機関説事件表紙s.jpg

【商品説明】
《「天皇機関説」事件は、この学説を主張する憲法学者の美濃部達吉に対する、天皇を崇拝する退役軍人や右派政治家による攻撃が発端となっている。一九三五年二月に始まり、約半年に渡る「機関説」排撃運動の中で、美濃部に対する政治的な弾圧が行われただけでなく、言論や学問の自由も奪われ、立憲主義が事実上停止した。その結果、「権力の暴走」を止める安全装置が失われ、日本は破局的な戦争へと突き進む。この事件は、社会がどのように「壊れて」いくのかを物語る昭和史の重要な分岐点である。現在の政治・社会状況との類似点に戦慄が走る。》

メインテーマは「機関説排撃」ですが、憲法学説の問題に留まらず、最終的には社会の価値観を一変させた重大な歴史の転機でした。具体的には、天皇機関説の排撃に重なる形で「国体明徴運動」が始まり(これについては学研『戦前回帰』を参照)、個人主義や自由主義などの西欧的な価値観も「日本の国体に合わない」として批判や排撃の標的となりました。

帯に映っているのは、事件発生当時の帝国議会(国会)で使われていた、帝国議会仮議事堂の議場。現在の国会議事堂は、まだ建設中でした。

天皇機関説事件裏表紙s.jpg

蓑田胸喜・菊池武夫など対美濃部達吉という中心的な対立の構図と重なる形で、鈴木喜三郎(政友会)対岡田啓介(首相)、平沼騏一郎(枢密院副議長)対一木喜徳郎(枢密院議長)等の別の対立軸も存在し、ここに軍部と在郷軍人、右翼団体の思惑が加わり、文部省も関与して「国体明徴運動」が加速します。

天皇機関説事件内容.png

【推薦】
作家・半藤一利氏(『日本のいちばん長い日』『昭和史1926-1945』著者)
「これは昭和史の重要な分岐点だ。現在と酷似する状況に慄然とする」

今回、尊敬する半藤一利さんに推薦文をいただき、戦史研究家として大変光栄に思います。天皇機関説事件は、以前なら「昭和史の一コマ」として傍観者的に見られた出来事だと思いますが、社会の抑圧が次第に強まる空気感や、議会の内外で飛び交う「罵倒の言葉の鋭利さ」などは、過去の話ではありません。

天皇機関説事件宣伝用s.jpg

今回は、書店などで使う宣伝用パネルも作っていただきました。文章を少し直したので、最終版とは少し違いますが。

戦後の日本は、言論の自由や思想の自由が保障された社会で、そんな時代に生きられて幸運だと、戦史や紛争史を研究していると数え切れないほど感じてきました。今後も日本が、天皇機関説事件後わずか10年ほどで歴史上最大の破滅に向かった「病気に冒された時代」に回帰することなく、戦後70年の平和的繁栄の土台となった自由主義や個人主義の価値観が守られる社会であってほしいと願っています。


【おまけ】

名張の高地にも、数日前にようやく桜前線が到来しました。雨風で散る前に、しばしお花見を楽しみました。

さくら20171s.jpg


さくら20172s.jpg


さくら20173s.jpg


さくら20174s.jpg



 
nice!(1)  コメント(0) 

2017年3月27日 [その他(戦史研究関係)]

前回の更新から一か月以上が経過してしまいました。この間、三つの出張旅行があり、それらの情報も含めて、以下にご報告します。まずは告知から。

01歴史群像2017031s.jpg

3月5日に、学研『歴史群像』誌の最新号が発売されました。私の担当記事は「ハイドリヒ暗殺事件の現場を歩く」(カラー4ページ)と「バルト三国の第二次大戦」(白黒11ページ)の二本です。

02歴史群像2017032s.jpg

どちらも知られざる第二次大戦の裏面史ですが、前者は昨年現地で撮ってきた写真と自作の地図3点で、暗殺事件とその関連の現場を紹介しています。


続いて、出張旅行について。まず2月20日から27日まで、本の取材を兼ねて中国の上海、蘇州、南京と台湾の台北、新竹に行っていました。

03上海07s.jpg


04上海05s.jpg

中国の本土へ行ったのは初めてでしたが、上海、蘇州、南京とも、ホームドア付きの綺麗な地下鉄が整備されている上、タクシーも気軽に利用できるので、限られた時間内で多くの場所を見て回れました。

05豫園1s.jpg

上海にある「豫園」という庭園施設。あちこちに散りばめられた凝った装飾が興味深いです。

06上海02s.jpg

1937年の第二次上海事変で、第3師団の先遣隊が上陸した呉淞桟橋付近のようす。今も貨物船などの桟橋として使用されています。

07上海01s.jpg

1937年の第二次上海事変で、第11師団が上陸した川沙鎮の海岸。護岸されていて当時の面影はありませんが、この辺りでは揚子江は海のように広い。

08南京02s.jpg

1937年の南京攻略戦で激戦地の一つとなった、中山門。現在は三つの穴を道路が通る形になっています。

09南京01s.jpg

南京北部の揚子江沿岸。1937年の南京攻略戦のあと、河岸のあちこちで、大勢の中国軍捕虜が日本軍によって殺害され、死体のほとんどは川に流されました(現場にいた複数の日本陸軍と日本海軍の兵士が、その惨状を当時の日記などに書き残しています)。


10中国ゲーマー1.png


11中国ゲーマー2.png


12中国人03s.jpg


13中国人04s.jpg

中国と台湾でも、シミュレーション・ゲーム(ウォーゲーム)関係の友人とあちこちで会い、情報交換や歓談、ゲームプレイを楽しめました(台北ではGJ「賤ヶ岳戦役」と現地デザイナーの制作中ゲームをプレイ)。

中国では、数年前から若い世代の給料が増えたので、欧米や日本の輸入ゲームも買えるようになり、ボードゲーム全体のマーケットが広がっているとの話。ゲームデザイナーも続々と誕生中です。

14中国ウォーゲーム1s.jpg


15中国ウォーゲーム2s.jpg


16中国ウォーゲーム3s.jpg


17中国ウォーゲーム4s.jpg

中国製のウォーゲーム。最初の2つは、大坂夏の陣がテーマで、中国のゲーム/エンタメ業界では日本の戦国時代が人気テーマの一つだとか。3つ目は第二次大戦末期のベルリン戦、4つ目は日清戦争の水上戦を扱う戦術級ゲーム。

18台湾ウォーゲーム1s.jpg


19台湾ウォーゲーム3s.jpg


20台湾ウォーゲーム4s.jpg


21台湾ウォーゲーム6s.jpg


22台湾ウォーゲーム7s.jpg


23台湾ウォーゲーム8s.jpg


24台湾ウォーゲーム9s.jpg

こちらは台湾のウォーゲーム付き雑誌『戦棋』の最新号と一つ前の号。最新号の「四平」は、国民党と共産党の「国共内戦」における四平攻防戦がテーマで、両軍の戦闘序列や指揮系統も詳しくて興味を惹かれます。副題の「中国のマドリード」とは、スペイン内戦期の戦いにちなんだ表現。

一つ前の号は、日中戦争初期の1937年に繰り広げられた、第二次上海事変から南京攻略戦を扱う作戦級ゲーム「鐵衛禁軍」。中国軍の編制内容に関する情報も詳しいので、いろいろ参考になります(上海から南京への進撃途上で発生した出来事を考えると、日本人にはなかなかプレイやデザインのしにくいテーマです)。南京攻略戦時の日本軍による中華門突破を扱うミニゲーム「南京! 南京!」もおまけで付いています。



2月28日は家で一服しましたが、3月1日から4日までは、前回の記事で紹介しましたイベント2つと仕事の打ち合わせで東京へ。1日と4日のイベントでは、いろいろな方とお話することができ、私も大いに勉強になりました。特に、上智大学の「ジャパノロジー」研究は、今の社会で進みつつある「自国認識の実質的な画一化」に対抗する上で重要だと感じました。

1935年の天皇機関説排撃論とそれ以後の国体明徴運動において、「日本の国体は万邦無比(他国とは比べものにならないほど優れたもの)」という主観的な自国優越思想が根底にありましたが、その際に多用された論理が「西洋の学説(憲法論、社会論)では日本の国体を正しく評価できない」というものでした。

言い換えれば、1935年〜1945年の日本では自国の制度や文化、歴史認識を外部世界との繋がりとして「相対化・客観視」する視点を捨て、ひたすら自国優越思想の「主観」で絶対化する思考が政府と軍部、国民を支配したとも言えます。おそらく「ジャパノロジー」研究は、それとは正反対の学問です。



3月6日から12日までは、こちらも本の取材を兼ねた旅行で、長崎と沖縄へ。原爆関係と沖縄戦の強制集団死(いわゆる集団自決)関連の場所を主に訪問し、沖縄ではフェリーで渡嘉敷島にも渡りました。

25眼鏡橋01s.jpg

長崎の眼鏡橋。米軍が計画していた長崎の原爆投下目標は、この眼鏡橋の二つ西に架かる常盤橋という橋でした。投下当日は、第一目標の小倉と同様、長崎も厚い雲に覆われていましたが、一瞬だけ切れ目ができ、爆撃手が目標をきちんと確認せずに投下したとされます。

26長崎1s.jpg

長崎平和祈念公園の平和祈念像。

27沖縄1s.jpg

沖縄のシムクガマというガマ(洞窟)の入り口を内側から見たところ。このガマに隠れていた民間人は、勇気あるリーダーの判断で米軍に投降したため、ほぼ全員が助かりました。



なかなかにヘビーな三週間でしたが、今執筆中の二冊の本に活かせそうな情報をいろいろ得ることができました。来月中旬には、今年一冊目の本が出る予定ですが、それについては改めて告知します。



【おまけ】

中国と台湾、長崎、沖縄で食べた、美味いもの。食という面でも、今回の旅行は大満足でした。

28中国美味い物1s.jpg


29台湾美味い物3s.jpg


30台湾美味い物1s.jpg


31長崎食事1s.jpg


32山羊料理1s.jpg

 
 
 
 
nice!(0)  コメント(0) 

2017年2月19日 [その他(戦史研究関係)]

今日は雑誌とイベントの告知です。

週刊金曜日1s.jpg

まず、今発売中の『週刊金曜日』(2017年)に「氾濫する『反日』という言葉の暴力性」という記事を寄稿しました。産経新聞や月刊『正論』などで多用される「反日」という言葉の定義や使われ方のパターン(大別して三種類に分類可能)を読み解いています。

日本の将来を危惧して、今の首相の政策を批判する人間(政治思想はさまざま)に対し、なぜか「反日」という罵倒が浴びせられることがありますが、その背景にはどんな思考があるのか。過去の日本でも見られた、そういった罵倒の先にはどんな未来が待っているのか。考える一助になれば幸いです。


続いて、イベント二件の告知を。まず、3月1日(水)に明治大学駿河台校舎研究棟2階第9会議室で、宗教学者の島薗進さんとの対談イベント「人のいのちが軽くなる時代 戦前と戦後と2010年代(第298回現代史研究会)」があります。

ちきゅう座告知s.jpg

今も日本会議などが継承する戦前戦中の「国体」思想が、「人命を軽く評価する価値観」として日本に蔓延した話などについて、思うところを述べたいと思います。参加費・資料代が500円となっています。

第298回現代史研究会


3月4日(土)には、上智大学四谷キャンパス12号館2階202教室で開かれる、こちらのシンポジウムで20分ほど話をする予定です。

上智イベント告知s.jpg

テーマは「政治に従属した戦前の日本研究とその反省」で、戦前(1930年代後半)の日本で、日本研究がいつしか「国体」という宗教的政治思想を理論的に補強する材料に変質していった経過を、改めて反省的に振り返る内容です。参加費は無料です。

どちらも東京でのイベントですが、興味のある方はぜひお運びください。特に、大学生や20代の方に多く来ていただきたいです。

 
nice!(1)  コメント(0) 

2017年2月12日 [その他(戦史研究関係)]

先月後半はいろいろ忙しくて、告知がいくつかあったのに更新できませんでした。

報道特集1s.jpg

まず、1月14日に放送されたTBS『報道特集』で、トランプ米大統領(放送時は就任式直前)の政治手法について、私のインタビューが放送されました。2日前の12日に、赤坂のTBSで収録したものです。

報道特集2s.jpg

この日の特集一本目は、トランプ氏の「Post-Truth(真実以後)」、つまり「ウソ」を武器として使う政治手法がテーマで、大統領選挙中にトランプ氏が言ったり書いたりした様々な発言やそれに対する反応をビデオで紹介し、その意図を探るというものでした。

報道特集3s.jpg

女優のメリル・ストリープ氏がゴールデン・グローブ賞の授賞式で行ったスピーチと、それに対するトランプ氏の「言い返し」が示すように、彼は人間を「敵と味方」に分けて対処する傾向が顕著で、ほんの一年半前には「好きな女優の一人で、人間的にも立派だ」と絶賛していたストリープ氏でも、自分を批判するとなったら一転して「彼女は最も過大評価されている女優だ」と誹謗・攻撃してしまうような人物です。

報道特集4s.jpg

イスラム教徒が多い7か国からの入国をいきなり禁止したり、スペインとの国境に壁を築くと言い出したりするのも、こうした「敵と味方」思考の反映で、無造作に「敵と味方」を分けることで、彼を「味方」と見なす人々の支持を得ようとしています。しかし、こうした思考は、人権や人道、平等を重んじる現代のアメリカ社会の理念とは全く相反するもので、こんな人物と「価値観を共有している」「ウマが合う」「相性ぴったり」などと自慢する政治家がいたら、私は「かなり危ない人だ」と思います。



この放送から2日後の1月16日から23日まで、取材を兼ねた旅行で、フランスのパリと、スペインのビルバオ、ゲルニカに行ってきました。真冬のパリは、噂通り寒さが厳しく、のんびりセーヌ川のほとりを散歩という雰囲気ではありませんでしたが、観光客が少ないので、名所で行列に並ぶこともほとんどありませんでした。

パリs1.jpg

ホテルの部屋から見たパリの夜景。凱旋門とエッフェル塔がライトアップされています。

エッフェルs3.jpg

観光名所のランドマークは、一度観るとそれで満足(またはガッカリ)という場合が多いですが、エッフェル塔は、観れば観るほどに興味が沸いてきます。これは、ヒトラーの写真で有名な、シャイヨー宮のテラスから見た塔。

バリ夕暮れs.jpg

セーヌ河畔の夕暮れ。気温はマイナス6度。

サントシャペルs1.jpg

サント・シャペル。壁を埋め尽くすステンドグラスが美しい。

ノートルダム大聖堂3s.jpg

ノートルダム大聖堂のバラ窓。これも綺麗なステンドグラス。

カフェランチ1s.jpg

ノートルダム大聖堂そばのカフェで食べたランチ。オレンジ色のコップはかぼちゃのスープで、瓶の中はラタトゥイユ。

シテ島駅s.jpg

地下鉄(メトロ)のシテ島駅。証明がタイルに反射して優美な景観です。

パリs3.jpg


パリs2.jpg


パリゲーマー4s.jpg

パリでは、現地のシミュレーション・ゲーマー(ウォーゲーマー)が食事会をアレンジしてくれました。私ともう一人、米国人のゲーマーも参加。バーで少し飲んだあと、ビストロで食事しました。お開きになったのは12時過ぎでした。

ビルバオ旧市街1s.jpg


ビルバオ旧市街2s.jpg


ビルバオ北駅1s.jpg

スペイン北部のビルバオ。バスク地方のヴィスカヤ県の県都で、趣のある旧市街と近代的な都市部が調和した、清潔で過ごしやすい街でした。

ビスカヤ橋1s.jpg


ビスカヤ橋3s.jpg


ビスカヤ橋2s.jpg

ビルバオにある世界遺産のヴィスカヤ橋は、高い構造物から乗り物を吊り下げて対岸に人や車を運ぶ、ちょっと変わった橋です。構造物の中も、橋として歩いて渡れるようになっています。

Nico5s.jpg

ビルバオでは、MMP社などのアートワークで知られる、グラフィック・デザイナーのニコ・エスクービ氏と会い、バスク地方の話やアートワークの話など、いろいろ聞きました。彼の自宅の仕事場では、作業中のアートワークをどうやって作っているかというデータも見せてもらいました。

ゲルニカ俯瞰1s.jpg


ゲルニカ市内1s.jpg


ゲルニカ市内3s.jpg

ビルバオから電車で一時間ほどの場所にある、ゲルニカ。スペイン内戦中の1937年4月26日、フランコ側で介入していたドイツ空軍のコンドル軍団が、この街に無差別爆撃を行い、大勢の市民が死傷して、街の中心部は爆弾と火災で廃墟となりました。

ピカソの名画「ゲルニカ」は、この蛮行への抗議として描かれたもので、今はマドリードの美術館に展示されています。現地には、タイルで作られた小さいサイズのレプリカが展示されています(オリジナルは、かなり大きい)。

イベリコボカディージョ1s.jpg

ビルバオで食べたボカディージョ。イベリコ豚の生ハムのサンドイッチで、サイズは日本の基準だとかなり大きいですが、なんでこんなに美味いのか、と思っているうちに、全部食べてしまうのでした。


 
nice!(0)  コメント(0) 

2017年1月11日 [その他(戦史研究関係)]

2017年になりました。本年もよろしくお願いします。まずは、恒例の告知から。『歴史群像』(学研)の2017年2月号が、発売されました。

シベリア出兵1s.jpg

私の担当記事は「シベリア出兵」で、第一次大戦後の1918年〜25年に日本軍が米英仏中らと共に行った、内戦期ロシアへの干渉戦争を、政治と軍事の両面から解説しています。今風に言えば「有志国連合」として始まった出兵ですが、途中から日本の迷走が始まります。

シベリア出兵2s.jpg

あまり知られていない、シベリアでの日本軍とロシア人の「赤色パルチザン」の戦いの実相にも触れています。同誌昨年8月号に掲載された私の原稿「ロシア内戦」と合わせて読めば、より理解が深まるかと思います。



さて、昨年紹介しようと思って忘れていた、ネットで読める記事を、いくつかご紹介します。いずれも、神奈川新聞の記事です。

時代の正体〈411〉主観に傾倒する政権の暴走(上)
(2016年11月2日公開)

時代の正体〈412〉国の破滅導く「愛国」の矛盾(下)
(2016年11月3日公開)

天皇誕生日に考える「生前退位」 特別立法の何が問題なのか
(2016年12月23日公開)

過去の歴史との向き合い方、「愛国」とされる思考の正体、今上天皇の「生前退位」問題など、今の日本が直面する諸々の問題について考える際、参考にしていただければ幸いです。最初の二つは、無料のお試し登録をすれば、最後まで読めます。

神奈川新聞主観傾倒.jpg



また、過去に新聞やネット媒体などに寄稿した原稿を再録したブログもあります。こちらも、参考になれば幸いです。

山崎雅弘 原稿保管庫

原稿保管庫520.jpg



 
nice!(0)  コメント(0) 

2016年12月31日 [その他(雑感・私生活など)]

2016年も、いよいよ今日で終わりです。今年は、私にとっては意外と長い一年でした。はじめの頃に起こった出来事が、もう遠い昔のように感じられます。

日本会議新書カバー1.jpg


日本近現代史1s.jpg


中東戦争全史見本1s.jpg


独ソ戦史2s.jpg

今年出た著書。『日本会議』(集英社新書)、『5つの戦争から読み解く日本の近現代史』(ダイヤモンド社)、『[新版]中東戦争全史』『[新版]独ソ戦史』(共に朝日文庫)の4冊です。特に『日本会議』はあちこちで紹介していただき(増刷も重ね)、関連企画として『kotoba』誌に宗教学者の島薗進さんとの対談記事が出たり、『サンデー毎日』に青木理さんとの対談記事が出たり、『SIGHT』誌に渋谷陽一さんとの対談記事が出たりもしました。

kotobaA1s.jpg


kotobaA2s.jpg


01サンデー毎日見本1.jpg


02サンデー毎日見本2.jpg


SIGHT表紙s.jpg


SIGHT記事1s.jpg

また、内田樹さん編のアンソロジー本『転換期を生きるきみたちへ』(晶文社)にも、原稿を寄稿しました。

転換期1s.jpg


転換期3s.jpg

雑誌『歴史群像』への今年の寄稿は「張鼓峰事件」(2月号)、「シンガポールの第二次大戦」(4月号、カラー頁の企画も連動)、「クリミア併合」(6月号)、「混沌と対立のロシア内戦」(8月号)、「チェコスロヴァキアの第二次大戦」(10月号)、「レッドパージ」(12月号)でした。

張鼓峰1s.png


歴群シンガポール1s.jpg


歴群クリミア1s.jpg

今年は仕事が忙しくて、過去の掲載記事を電子書籍として出版する事業はお休みでしたが、来年は再開する予定です。

六角堂出版の電子書籍カタログ


執筆以外の仕事では、神奈川新聞や琉球新報などのインタビューを受けたり、岩上安身さんのIWJ(インデペンデント・ウェブ・ジャーナル)で6時間を超えるネットインタビューに出演したり、神戸で日本会議と安倍政権に関する講演会を行ったりもしました。

IWJインタビュー1s.jpg


IWJインタビュー2s.jpg


神戸講演写真2s.jpg

人前でしゃべるのは正直苦手で、なかなか思い通りに話せずに苦戦していますが、社会問題について自由に意見表明できる環境が少しずつ脅かされているように思えるので、来年も幅広く活動するつもりです。


リスボン1.jpg


04広島1.jpg


02プラハ昼01s.jpg


14ビルケナウ01s.jpg


21ブダペスト3s.jpg

仕事以外では、5月にスペイン(バルセロナ、マドリード、トレド)とポルトガル(リスボン、シントラ、ロカ岬)へ旅行し、8月には広島(広島、呉、江田島、宮島)と山口(岩国、周防大島)へ、10月にはチェコ(プラハ、リディツェ、ブルノ、チェスキークルムロフ、チェスキーチェシン)とポーランド(チェシン、クラクフ、オシュフィエンツィム=アウシュヴィッツ)、スロヴァキア(ブラチスラヴァ、バンスカービストリツァ)、ハンガリー(ブダペスト、ヴィシェグラード、バラトン湖、セーケシュフェヘルヴァール、ショプロン)、オーストリア(ウィーン)を旅行しました。

スペイン=ポルトガル旅行についての過去記事

広島=山口旅行についての過去記事

中欧五か国旅行についての過去記事

広島=山口と中欧五か国の旅行は、単行本や雑誌記事のための取材も兼ねてレンタカーで各地を周り、見聞を広めることができました。

35レンタカー1s.jpg


来年は、現時点で本三冊の出版が予定されており、『歴史群像』への寄稿も継続します(1月頭に出る号の担当記事は「シベリア出兵」)。取材を兼ねた旅行も活発に行う計画です。著書を買って下さった皆様、ありがとうございました。来年もベストを尽くしますので、ぜひご期待ください。

それでは、皆様もよいお年を。


聖家族教会01s.jpg


リスボン3.jpg

nice!(1)  コメント(0) 

2016年12月11日 [その他(戦史研究関係)]

今日は告知をいくつか。まず、朝日文庫から『[新版]独ソ戦史』が12月7日に発売されました。

独ソ戦史1s.jpg


独ソ戦史2s.jpg

これは、学研M文庫から2007年に刊行された『[完全分析]独ソ戦史』に修正と加筆を加えたもので、1939年8月の独ソ不可侵条約締結から、1941年6月の独ソ開戦、レニングラード、モスクワ、セヴァストポリ、スターリングラード、クルスクなどの激戦を経て、1945年5月のベルリン陥落にいたるまでの独ソ戦全体をカバーする概説史です。

独ソ戦史3s.jpg


独ソ戦史4s.jpg

収録の地図25点は同じ(一部間違いを修正)ですが、濃さを調節して、より見やすい形に仕上げています。独ソ戦をテーマにしたシミュレーション・ゲームの参考資料としても最適です。価格は、税込み929円です。

[新版]独ソ戦史(朝日新聞出版の商品ページ)



次に、ネット番組のお知らせ。11月29日、ジャーナリストの岩上安身さんが主催されるIWJインデペンデント・ウェブ・ジャーナル)のネット番組で、生中継のインタビューを受けました。当日は午後4時半頃から六本木のスタジオで放送を始め、予定より長くなって、終わったのは午後10時45分頃だったと思います。

IWJインタビュー1s.jpg


IWJインタビュー2s.jpg


IWJインタビュー3s.jpg

トータルで6時間以上の放送でしたが、リアルタイムで観ていた方も常時500人以上おられたとのことでした。その内容が、昨日と今日の2回に分けて再放送(再配信)されています。今日は「後編」が、午後7時から以下のサイトで配信される予定です。

IWJチャンネル CH1


それから、12月18日(日)に、神戸で講演をやることになりました。会場は、神戸駅に近い「あすてっぷKOBE」というところで、テーマは「安倍政権と日本会議はなぜ『日本国憲法』を敵視するのか」です。

神戸日本会議講演チラシs.jpg

特定の政治家や政権、政治団体を糾弾・攻撃することが目的ではなく、彼らの思想の背景にある価値観はどのようなものなのか、その源流はどこにあるのか、前回それと同じ政治思想と価値観がこの国を覆い尽くした時に、最後にどんな結末を迎えたのか、という歴史的事実に光を当てる内容です。

神戸講演構成s.jpg

開場は13時、私の講演スタートは13時40分の予定です。参加費は1000円(学生は500円)です。興味のある方は、ぜひお越しください。

講演会場地図s.jpg

 
 
 
nice!(0)  コメント(0) 

2016年11月3日 [その他(雑感・私生活など)]

月が変わってしまいましたが、今日は旅の報告など。10月10日〜19日まで、本の取材も兼ねて、中欧のチェコとポーランド、スロヴァキア、ハンガリー、オーストリアをレンタカーで旅行してきました。

38中欧ドライブ地図2s.jpg

今回クルマで移動した五か国(ポーランドは南部)は、第一次大戦の勃発時にはすべてオーストリア=ハンガリー領で、ポーランドを除く四国は初めての訪問でしたが、文化的にはゆるやかなグラデーションで違いが連なっている感じでした。

36ヴィニエットs.jpg

五か国とも、シェンゲン協定の締結国なので、国境越えは基本的にフリーパスでしたが、高速料金の前払いシステムが国ごとに違っているので、新しい国へ入るたび、ヴィニエットと呼ばれる切符を買います。写真はオーストリアのもので、これを車検シールのように、フロントガラスの内側に貼ります。ポーランドだけは、日本と同様に料金所で支払うシステムでした。

01プラハ01s.jpg


02プラハ昼01s.jpg


03プラハ夜01s.jpg


04プラハ夜04s.jpg

最初の訪問地プラハ。ここは昼も夜も美しい街でした。

05ハイドリヒ暗殺現場4s.jpg


06プラハ教会1s.jpg


07プラハ教会4s.jpg

プラハでは、1942年にナチスの高官ラインハルト・ハイドリヒがチェコ人の戦闘員に暗殺された場所や、その暗殺犯らが最後に立てこもった教会(地下が事件関連の博物館になっている)にも行きました。

08リディツェ1s.jpg


09リディツェ6s.jpg

プラハで二泊したあと、いったん空港へ戻ってレンタカーを借り、ドライブ旅行がスタート。最初に訪れたのは、空港から10分ほどの場所にあるリディツェ村の跡地でした。この村は、ハイドリヒ暗殺の報復として完全に破壊され、男性の住民は全員射殺、女性と子供は収容に送られて、その多くは命を落としました。

10ブルノ2s.jpg

チェコ東部、旧モラヴィアの古都ブルノ。

11チェシン3s.jpg

チェコとポーランドの国境にまたがる街、チェシン。ここは第二次大戦に前後して、たびたび帰属が変わりましたが、今は街の中心を流れる小川と橋が国境になっています。

12アウシュヴィッツ1s.jpg


13アウシュヴィッツ6s.jpg


14ビルケナウ01s.jpg

ポーランド南部のオシュフェンチム、ドイツ語の地名はアウシュヴィッツ。強制収容所の跡地を見学しました。事前にいろいろと予習をして行きましたが、考えるところの多々あった時間でした。

15クラクフ1s.jpg

ポーランド南部の古都クラクフ。

16バンスカー1s.jpg


17バンスカー3s.jpg


18バンスカー4s.jpg


19バンスカー61s.jpg


20バンスカー62s.jpg

スロヴァキア中部のバンスカー・ビストリツァ。ここは第二次大戦末期、枢軸国だったスロヴァキアで反ドイツの反乱が発生した場所です。蜂起を記念する博物館があり、隣接する公園にはソ連軍のT34/85やドイツ軍のIII号突撃砲、IV号などと共に、チェコ製のLT38(ドイツ軍が接収した後は38(t)の名称で使用)軽戦車が展示してありました。LT38は、日本軍の95式軽戦車と似た印象。

21ブダペスト3s.jpg


22くさり橋2s.jpg


23ブダペスト西駅3s.jpg

ハンガリーのブダペスト。夜景の美しさではプラハと双璧です。王宮の丘には内容の充実した軍事史博物館もありました。

24グヤーシュ1s.jpg

ハンガリーの名物料理グヤーシュ。香辛料のパプリカを効かせた、牛肉入りの野菜スープです。

25バラトン湖1s.jpg


26セーケシュフェ1s.jpg

ハンガリーのバラトン湖と、ハンガリー最古の街とされるセーケシュフェヘルヴァール。ホビージャパンの『ビターエンド』をプレイしていた時には、まさか同地やブダペストを車で走ることになるとは思いもしませんでした。

27ブラチスラヴァ3s.jpg

スロヴァキアの首都ブラチスラヴァ。

28ウィーン美術館1s.jpg


29ウィーン美術館3s.jpg

オーストリアのウィーンには、美術史博物館を見学するため数時間だけ滞在しました。

30ショプロン3s.jpg


31汎ヨーロッパ公園1s.jpg

ハンガリーのショプロンと、その北にある「汎ヨーロッパ・ピクニック記念公園」。1989年のベルリンの壁崩壊に先立ち、この場所で起きた東独市民のオーストリアへの大量越境が、冷戦崩壊の引き金になりました。

32チェスキー1s.jpg

チェコのチェスキー・クルムロフ。

33デンハーグ2s.jpg


34ピーテルヤンs.jpg

帰りは、オランダのアムステルダム経由でしたが、スキポール空港での待ち時間が7時間ほどあり、いったん空港を出てデンハーグへ行き、マウリッツハイス美術館を観たほか、シミュレーション・ゲーム関係の友人であるピーテルヤン・デ・ウィルデ氏とも会いました。

35レンタカー1s.jpg

レンタカーでの総走行距離は、2365kmに達しました。今回は少し古い型のプジョー車でしたが、よく走ってくれました。運転中は写真を撮っていませんが、ハンガリーの田舎道は紅葉がとても綺麗でした。

37スペイン内戦1ns.jpg

さて、これとは別に告知をひとつ。ハビエル・ロメロ氏がデザインした、GMT社のシミュレーション・ゲーム『スペイン内戦(The Spanish Civil War)』の日本語版を、シックス・アングルズ別冊第11号として出すことが正式に決定し、契約書を取り交わしました。今年の残りと来年初頭は、執筆の仕事で忙しいので、発売は2017年の夏以降となりますが、今回もコンポーネントの改良などを行い、ベストの形で発売する所存です。ぜひご期待ください。

38スペイン内戦3ns.jpg



 
nice!(0)  コメント(0) 

2016年10月9日 [隠(なばり)ゲームクラブ]

今日はまず告知から。9月30日に発売された、ロッキング・オン社の雑誌『SIGHT』64号に、先日の上京時に受けたインタビューの記事が掲載されています(残りはあと一本)。

SIGHT表紙s.jpg

特集テーマは「70年間戦争しなかった日本にYESと言いたい」。私も主旨に賛同します。中村哲さんや木村草太さん、保阪展人さんのインタビューもあります。

SIGHT記事1s.jpg

SIGHT』の記事には、私の顔写真も掲載されていますが、珍しく笑っているところ。インタビューのあと、渋谷陽一さんが撮って下さったものですが、私は笑顔を作るのが苦手で、恐い顔の写真ばかりなので、これは貴重です。「NOばかりでなくYESの観点も」という提言への賛同の意味もあります。

SIGHT記事2s.jpg

渋谷陽一さんとのインタビューは、リラックスした雰囲気で、日本会議問題に加えて、日の丸肯定の話、安倍晋三首相の父方の祖父である安倍寛議員の話、スーパー警察としての自衛隊の話など、多岐にわたる話題で楽しくお話できました。ぜひご一読を。

ロッキング・オン社『SIGHT』公式サイト



ラビリンス20161008as.jpg

さて、昨日は石田さんと久々に「隠(なばり)ゲームクラブ」を開催しました。お題はGMT社の『ラビリンス』。私はいつものように、ジハーディスト側を担当しました。

ラビリンス20161008fs.jpg


ラビリンス20161008cs.jpg


ラビリンス20161008bs.jpg

今回の対戦では、サウジアラビアで特に不穏な動きが見られましたが、事前に発覚して実行者は逮捕されました(WMD=大量破壊兵器による大規模テロが準備されたが、炸裂せず)。インドネシア/マレーシアと中央アジアが「反米のイスラム原理主義国」となった一方、アフガニスタンとパキスタンは逆に「政治体制の安定した親米国」になり、ジハーディスト(私)の敗北に終わりました。

ラビリンス20161008ds.jpg


ラビリンス20161008es.jpg

ただ、ジハーディストで大規模ジハードを試みて「反米のイスラム原理主義国」が誕生すると、なぜか観戦しに行った野球の試合でホームランが出たような気分になります。試合には負けましたが、ホームランが二本出たので、後味はさほど悪くありませんでした。終了後、名張駅前の海鮮居酒屋で、焼き牡蠣など食べながら一杯やりました。


ラビリンス20161008gs.jpg


ラビリンス20161008hs.jpg


GMT社の『ラビリンス』に関しては、初版の出た2010年以後の状況を再現できる拡張キット『ラビリンス:覚醒』が最近出版されました。マップに重ねるオーバーレイにより、イランは「体制変換可能なイスラム教国」になり、シリアは「大量破壊兵器を持っているかもしれない国」扱いになっています。そして過激派「ボコ・ハラム」が活動するナイジェリアとマリの国ボックスが追加されました。

下の画像は、オリジナル版とオーバーレイを置いた状態。

ラビリンス20161008is.jpg


ラビリンス20161008js.jpg


ラビリンス20161008ks.jpg

ラビリンス:覚醒』は、新く用意されたカードのセットでプレイするようです。「マララ・ユスフザイ」「プリズム(NSAの個人情報盗み取り)」「フェイスブック」「スノーデン」「バグダディ(自称カリフ)」「ISIL」「ジハーディ・ジョン(斬首者)」など、興味深い内容のカードが新たに追加されています。

ラビリンス20161008ns.jpg


ラビリンス20161008os.jpg

 
 
 

nice!(0)  コメント(2) 

2016年9月12日 [その他(雑感・私生活など)]

2016年のセ・リーグ優勝は、広島東洋カープに決定しました。私は阪神ファンですが、8月17日から19日まで広島(および山口)に旅行して、街中での「カープ愛」に触れたこともあり、先日の巨人との優勝決定戦は「赤組」を応援していました。カープファンの皆様、優勝おめでとうございます。

今日は、その広島旅行時に撮った写真を紹介しながら、行程を振り返ってみます。

01さくら先頭.jpg

今回の旅行では、新大阪から広島まで新幹線を利用しましたが、行きも帰りも「さくら」に乗りました。普通車でしたが、座席は二席+二席の配列で、三席+二席の東海道新幹線よりも快適でした。

02広島2a.jpg


03広島2b.jpg

広島についてレンタカーを借り、最初に向かったのは平和記念資料館でした。半分改装中で展示スペースはやや狭い印象でしたが、外国からの訪問客が予想より多く来ていました。

05原爆ドーム4.jpg


04広島1.jpg

そのあと、平和公園を通って「原爆ドーム」へ。人類史上初の核攻撃を受けた都市に残る、核兵器の威力を示す残骸。今の核兵器は、広島に投下されたものよりもさらに強力になっています。

08大和ミュージアム4.jpg


09吉田満大和ミュージアム.jpg

二日目は、まず呉へ移動し、大和ミュージアムを見学。館内の展示でいきなり吉田満少尉の写真が目に入り、ちょっと戸惑いました。と言うのも、東大在学中に学徒出陣で海軍将校となり、戦艦大和の乗員として沖縄特攻に参加して九死に一生を得たのち、『戦艦大和ノ最期』などの著作を残された吉田満さんの著書『戦中派の死生観』を、行きの新幹線(そして広島滞在中および帰りの新幹線)で読み、当時の海軍軍人に思いを馳せていたところだったからです。

10呉自衛隊博物館9.jpg


11呉自衛隊博物館3.jpg


12呉自衛隊博物館4.jpg


13呉自衛隊博物館1.jpg

大和ミュージアムの隣にある、海上自衛隊の呉史料館には、湾岸戦争後に海上自衛隊が行った掃海作業についての詳しい展示があり、興味を惹かれました。

14艦船めぐり1.jpg


15艦船めぐり3.jpg


16艦船めぐり2.jpg


18艦船めぐり6.jpg

その反対側の隣にある埠頭からは、艦船めぐりという海上自衛隊の艦船を海から近づいて見せてくれる遊覧観が出ています。海上自衛隊OBらしき人が、個々の艦船について説明してくれます。

19江田島1.jpg


20江田島2.jpg

呉でしばらく過ごしたあと、音戸の橋を渡るルートで江田島に渡り、旧海軍兵学校を見学しました。ここは、今も海上自衛隊第一術科学校として使われ、大勢の若い自衛官が訓練と勉学に励んでいます。旧海軍兵学校内にある「教育参考館」という建物は、幹部候補生の教育施設で、勝海舟の頃からの日本海軍に関する貴重な物品や書などが多数展示してある「日本海軍博物館」的な施設(館内撮影厳禁)ですが、特攻で死んだ海軍軍人の名前が何枚もの大きな大理石に刻んであるのを見て、事実の重さを再認識させられました。

21江田島牡蠣養殖2.jpg


22江田島牡蠣養殖1.jpg

江田島の入り江には、牡蠣の養殖棚がたくさん並んでいました。こんな炎天下で、牡蠣が水の外に吊されていて死なないのかと思いましたが、満潮になると海の中に戻るのでだいじょうぶらしい。江田島湾内には、大きくなった牡蠣をさらに深いところに沈める設備が浮かんでいます。

23厳島神社2.jpg


24厳島神社1.jpg


25厳島神社5.jpg


26厳島神社3.jpg


27厳島神社4.jpg

三日目は、朝のうちに宮島へ行き、厳島神社を見学しました。過去の台風でも動いたことがないという沖合の鳥居は、遠くから眺めると優雅ですが、ズームで見ると競輪選手の太腿のように踏ん張りの効きそうな足をしています。ちょうど満潮時だったため、赤い建物が空の青や海の青緑に映えて美しい光景を楽しめました。

28錦帯橋1.jpg


29錦帯橋3.jpg


31錦帯橋5.jpg


30錦帯橋4.jpg

宮島で早めの昼食を食べたあと、山口県に入り、岩国の名所・錦帯橋へ。今まであちこちで橋を見てきましたが、これは観に行った甲斐があったと思う眺望でした。アーチ型に盛り上がった橋の上からの眺めもすごくいい感じです。

33陸奥記念館1.jpg


34陸奥記念館3.jpg


35陸奥記念館7.jpg

岩国からさらに足を伸ばし、周防大島の東端にある陸奥記念館へ。戦艦陸奥は、第一次大戦後に長門型戦艦として就役し、大和が登場するまでは長門と共に日本海軍のシンボル的存在でしたが、太平洋戦争最中の1943年6月8日、原因不明の爆発事故を起こし、記念館から望める柱島沖で沈没しました。艦内には、引き揚げられた船体の一部や、三好艦長をはじめとする乗組員の遺品などが展示されています。

40山口ふぐみやげ.jpg

周防大島からの帰り、山口県の玖珂SAに立ち寄ったら、関西や三重県では見かけないカテゴリーのアイテムを販売していたので、いろいろ衝動買いしてしまいました。その後、夕方の渋滞に巻き込まれて、陸奥記念館から広島駅近くのレンタカー会社まで、ほぼ三時間を要しました。

36焼きガキ.jpg


37あなごめし.jpg


38士官カレー.jpg


39広島お好み焼き.jpg

広島で食べたものは、どれも満足度が高かいものでしたが、特に宮島の「はやし」でいただいた焼き牡蠣が絶品でした。身が大きくて味や風味も濃厚。同じ店のあなごめしも、身が分厚くて満足できました。大和ミュージアム隣で食べた「海軍士官カレー」も、大きな牛タンが柔らかくて美味でした(見た目より量がある)。

41走行距離382キロ.jpg

広島で借りたレンタカーの走行距離は、三日で382キロでした。最終日の周防大島が遠かったですが、三日とも快晴で、だいぶ日に灼けました。


 
nice!(1)  コメント(0) 
前の10件 | -