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2017年8月13日 [その他(映画紹介)]

今日はまず告知から。前回の記事で告知し忘れていましたが、いま発売中の『歴史群像』誌8月号に、私の担当記事「インドと第二次大戦」が掲載されています。

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第二次大戦とその前後におけるインド人の軍事と政治の両面での戦い(イギリス軍傘下のインド軍の戦歴、日本とドイツ、イタリアがインド兵捕虜で編成した義勇軍の足跡、国内外で進められたインド独立運動など)を俯瞰的に解説しています。北アフリカ戦のシミュレーション・ゲームにも、イギリス軍の一部として「インド軍部隊」のユニットがよく登場しますが、それらのユニットがどんな経緯でそこにいるのか、などを知ることもできる内容です。

また、朝日新聞出版の週刊誌『AERA』8月7日号(7月31日発売号)に、以前の記事でご紹介した、6月12日に大阪の隆祥館書店で催された内田樹さんとのトークイベントの一部を再録した記事が掲載されています。当日はいろいろな話題が出ましたが、記事は今の天皇に関する話題に絞ってあります。

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この号は既に書店の店頭から姿を消しましたが、当該記事の内容は、今は朝日新聞出版の公式サイトにあるネット記事でも読むことができます。

天皇陛下の「お言葉」が示した「立場」と「象徴」 内田樹×山崎雅弘対談



さて、今日は久しぶりに映画の話題です。今年の初めに公開された、マーティン・スコセッシ監督の映画『沈黙』は、遠藤周作の同名小説を元にした、江戸時代の長崎でのキリシタン弾圧を扱った作品で、劇場で観たいと思っていたのですが、いろいろ忙しくて、結局劇場に行けないまま、上映が終了してしまいました。しかし最近、同作品のブルーレイが発売されたので、予約購入してようやく鑑賞しました。

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そして、8月10日にフェイスブックで、次のような「感想」を書きました。フェイスブックを見られないという人もおられるかと思いますので、そこに書いた内容を下に再録します。映画の内容について触れている箇所もありますので、未見の方はご注意ください。また、下の記事の途中に入っている写真は、今年の3月に長崎で撮ったものです。


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おとといの晩、スコセッシの『沈黙』を観て、昨日はブルーレイに入っていた特典映像のインタビュー(24分)と、今年1月2日にNHK−BSで放送されていた二時間ものの『沈黙』関連番組を観た。ハードディスクに録画していたことをすっかり忘れていたが、別の録画番組を観ようとして、偶然発見した(これも何かの縁)。今は、映画を観る前に、この番組を観なくてよかったと思う。

NHK−BSの特番は、スコセッシや出演者のインタビューが特典映像よりもずっと充実していて、この作品の意味を考える上で「必見」と呼べるほど、いろんな疑問や謎が解けた(「プレミアム・エディション」という豪華版セットには、同番組を収録したDVDも入っている)。スコセッシがなぜ、遠藤周作の小説を映画化したのか、という理由もよくわかった。

1988年に『最後の誘惑』という、キリストを新たな解釈で描く作品を撮ったところ、キリスト教団体や信者から猛反発を受け、映画館のスクリーンを切られるなどの上映妨害運動も起きた。それで、子どもの頃に神父を目指したキリスト教徒のスコセッシ自身も深く傷ついていた頃、遠藤周作の「沈黙」に出逢い、信仰と現実の葛藤という普遍的なテーマについて、それからずっと考え、困難だと知りつつも、ずっと映画化を構想していたという。

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映画そのものについては、信仰と現実(不条理)の葛藤をていねいに描き込んだ内容で、俳優の演技もみんな素晴らしかった。レンタルではなくソフトを買ったので、しばらく間を置いてから、また観ようと思う。そんな中で、ひとつ感じたのは、一般に言われているのと違い、私はキチジローを「弱い」とは全然思わなかったこと。

スコセッシ自身もキチジローを人間の「弱さ」の象徴だというような話をしており、観た人の感想でもそういったものが多いが、私はそうは思わなかった。むしろ彼は強い。おそろしく強く、図太く、しぶとい。本当に弱い人間だったら、最初の砂浜での出来事で精神が壊れているだろう。

キチジローは、何度も「転ぶ」。そして転ぶたびに反省して、許しを乞う。しばらくすると、また転んでしまう。そういった「転ぶ」場面だけを局所として見れば、彼はとても弱い人間のように見えるが、しかし長いスパンで見れば、何度転んでも致命的に傷ついた様子がない。精神的な回復力が高い。戦略と戦術という軍事の観点で言うなら、キチジローは戦術的には弱いが、戦略的にはとても強い。その証拠に、最後まで平然と生き延びている。

そして、キチジローの反省はいつも「転んだこと」に対してだけで、ロドリゴやフェレイラが心に抱えてのたうちまわっているような、どこまでも答えの見えない深い「葛藤」を、キチジローが理解したり共有する様子はない。キチジローには、その種の葛藤は、たぶん理解できない。

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この作品を見ていて、偶像に依存する信仰は、その偶像を逆手に取られれば容易に破壊されてしまうということが、最大の弱点だと改めて思った。既存の偶像には頼らず、内面だけで完結する信仰であれば、偶像を足で踏むような行動を強いられても、葛藤に苦しむことはない。偶像を足で踏むことと、内面の信仰は直結しない。

その意味で、何度も何度も偶像を足で踏み、それでも毎回改悛して同じ信仰を胸に持ち続け、完全な「悪」の道に走らずに前向きに生きようとするキチジローは、おそろしく強い存在で、それと気づかないまま、内面だけで完結する信仰を体現しているようにも見える。

とはいえ、日々の暮らしに何の希望も持てず、絶望の中で暮らす人々にとって、目で見て手で触れることのできる「偶像」は、弱い心を支えるのに必要な、かけがえのない「精神の拠り所」であっただろうとも思う。手の中に隠れるほどの小さい十字架を、人々が宝物のように大切に扱う姿を見ると、偶像のない信仰というのは、現実的にはかなり難しく、ある程度恵まれた境遇にいる人間にしか通用しない理屈かもしれない。

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いずれにせよ、いろんなことを考える「種」を観る者に与えてくれる、素晴らしい作品だった。今後も、諸々の問題を考え続けていきたい。

【トップの画像は公式サイトより】
 
 
 
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2017年7月16日 [その他(戦史研究関係)]

前回の更新から、だいぶ間が空いてしまいましたが、先日のアリゾナ・ハワイ旅行レポートの後編です。

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ハワイのホノルル国際空港は、今年4月27日に「ダニエル・K・イノウエ国際空港」へと改称されました。イノウエ氏は、ハワイ生まれの日系二世で、戦中は第442連隊戦闘団の一員としてヨーロッパでドイツ軍と戦った経歴(右腕を失う)を持ち、戦後は政界に入り上院議員や上院仮議長として活躍した人物です。

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イノウエ空港のロビーには、彼の足跡に関する展示に加え、第二次大戦期の日系人部隊である第442連隊戦闘団と第100歩兵大隊、陸軍情報部所属の日系米軍人の活動に関する展示があります。1943年、ヨーロッパ戦線に送られた米軍日系人部隊は、終戦まで激戦を重ねて多くの叙勲を受けましたが、必要以上に「忠誠心」を示す必要があったため、死傷率も非常に高かった。

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ハワイ・真珠湾のシンボル的施設である、アリゾナ記念館。日本軍の攻撃で大爆発を起こして沈没した戦艦アリゾナの船体上に作られた慰霊施設で、時間指定の整理券をもらってオアフ島から無料ガイドツアーで行きます。周辺には、他の沈没船の位置を示すコンクリート製の構造物もあります。真珠湾周辺の地形は平坦なので、日本軍の爆撃機や雷撃機のパイロットは、上空から目標を確認しやすかったでしょう。

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アリゾナ記念館に向かう前、ツアー参加者は日本がなぜ対米開戦を決定したかという短い映画を鑑賞しますが、真珠湾攻撃を実行した東條内閣の一員として、岸信介商工大臣の顔の下半分も一瞬画面に映ったように見えました。先日ここを訪れた安倍首相も、この映画を観たと、首相らに同行取材していた外国人記者から聞きましたが、画面を指さして「あれが私の尊敬する祖父です」と言ったでしょうか。

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真珠湾の戦史関係の見どころを回る拠点のビジターセンターには、小さい博物館があり、アリゾナ記念館の模型や、真珠湾攻撃の日本軍機が出撃した空母赤城の模型なども展示されています。戦艦ミズーリや潜水艦ボーフィン、太平洋航空博物館などのチケットはここで買えますが、ネットで事前購入するのが確実です。

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真珠湾でアリゾナ記念館へ行く時間待ちをしていたら、遠くから軍艦が近づいてきました。よく見ると、なんと艦尾に旭日旗が翻っていて驚きました。真珠湾に旭日旗の軍艦?

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「あれは海上自衛隊の訓練航海だね。戦没者に敬意を表して減速し、タグボートを伴っている」と米海軍の人が教えてくれました。艦名は「かしま」と「はるさめ」。真珠湾の港内で、アリゾナ記念館と、旭日旗を掲げた自衛隊の艦艇というツーショットは、いろいろな意味で興味深い光景ではありました。

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真珠湾に展示されている米海軍の潜水艦ボーフィン。太平洋戦争中盤の1943年5月1日に就役し、日本の輸送船に対する通商破壊戦に従事。1944年8月22日には沖縄から疎開する学童を乗せた疎開船「対馬丸」を撃沈した潜水艦で、今は内部を一般公開しています。この潜水艦を前にして、私は沖縄で見学した、対馬丸記念館の展示内容を思い出していました。艦内は見学せず。

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潜水艦ボーフィンのそばの陸地に展示されている、日本海軍の特攻兵器「回天」。英語の説明がストレートに言い表しているように「一人乗りの自殺魚雷」で、最初から敵艦への体当たりを目的とした兵器でした。私の父方の祖父は、戦後は個人でいくつか特許を持つエンジニアでしたが、戦中はこれに関わっていたとのこと。しかし私が小学生の頃に亡くなったので、どんな心境で回天に関わったのかは聞けませんでした。

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ハワイ・真珠湾のフォード島に停泊している戦艦ミズーリ。現在は記念館として艦上と艦内の一部を公開していますが、艦橋など上層構造部の修繕工事が行われています(今年9月まで)。第二次大戦後期の1944年1月に進水し、米軍の硫黄島上陸や沖縄上陸に加え、朝鮮戦争や湾岸戦争でも支援砲撃を行いました。

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戦艦ミズーリは、1945年9月2日に重光葵ら日本政府代表が、マッカーサーをはじめとする連合軍代表者と会って降伏文書に調印した場所でもあります(調印当時、東京湾に停泊)。降伏条約の調印時には、ペリー提督の掲げた古い星条旗が持ち出されましたが、今もそのレプリカがミズーリ艦上に展示されています。

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ミズーリの艦上では、修復の一環として、木甲板の張り替え作業が行われていました。鋼板に木を並べるのは、防熱や防音に加え、歩く人への負担軽減(濡れても滑りにくく、衝撃も緩和される)という効果もあるそうです。

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真珠湾のフォード島にある太平洋航空博物館。真珠湾攻撃当時に使われていた飛行場脇の格納庫を利用した軍用機の博物館で、ゼロ戦やB25(1942年4月18日に東京を爆撃したドゥーリットル隊の爆撃機)、ドーントレス、修復待ちのB17爆撃機などが展示されています。戦後のジェット機も少しあります。

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午後にフォード島で戦艦ミズーリと太平洋航空博物館を見学し、帰りのシャトルバスを待っていたら、「かしま」と「はるさめ」の乗組員らしき海上自衛隊の幹部候補生たちが、二台のバスに分乗してやってきました。


【おまけ】

ハワイでは、レンタカーのドライブに加えて、生まれて初めてスカイダイビングに挑戦しました。北部のディリンガム飛行場で、インストラクターとタンデムのパラグライダーで降下するプログラム。高度14000フィート(約4300メートル)で機外に飛び出し、最初は約1分の自由落下でスリル満点の体験。

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上空から見る、ハワイの山と海の色彩は絶景でした。降下した場所は、真珠湾を目指す攻撃第一波の水平爆撃機と雷撃機が通過した辺りで、日本海軍機の乗員はこの美しいハワイの景色を、どんな思いで見たのだろう、と思いました。しかし短時間での急激な気圧変化と、パラグライダー開花後の姿勢制御はけっこう身体にこたえました。
 
 
 
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2017年6月11日 [その他(ウォーゲーム関係)]

5月28日から6月5日まで、アメリカのアリゾナとハワイに行ってきました。アリゾナのテンピで開催されたシミュレーション・ゲームのコンベンション「ConsimWorld Expo 2017」への参加が直接の目的でしたが、帰りにハワイで戦史関連の博物館をいろいろ取材しました。

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写真は、行き帰りで経由したホノルルのダニエル・イノウエ国際空港。イノウエ氏は、ハワイ生まれの日系二世で、戦中はアメリカ軍第442連隊戦闘団の一員としてヨーロッパでドイツ軍と戦った経歴を持ち、戦後は政界に入って上院議員や上院仮議長として活躍した人物です。2017年4月27日、ホノルル国際空港の正式名称が「ダニエル・K・イノウエ国際空港」に改称されました。

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手前の四角い建物が、「ConsimWorld Expo 2017」が開催された、テンピの「ミッション・パームズ」というホテル。今回、私は「ゲスト・オブ・オナー(主賓)」という形で招待され、初日夜の開会式では私も少し話をしました。

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英語でのスピーチは初体験だったので少し緊張しましたが、iPadに英文で書いた原稿を、古い友人で主催者のジョン・クランツ氏が添削してくれ、なんとかクリアできました。

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ジョン・クランツ氏と。とても面倒見のいい人で、みんなから慕われていました。このイベントが毎年盛り上がっているのも、彼の人望だと思います。10数年前には、フェニックスの自宅に泊めてもらったこともあり、久々に会って個人的な話もいろいろしました。

1993年に米国ダラスで開催されたコンベンションに参加して以来、米国には10回ほど訪れていますが、2001年の9.11以降は行くのをやめていました。米国ゲーム業界のデザイナーやアートワーカーの友人とは16年ぶりの再会でしたが、ブランクは一瞬で解消し、最近の仕事(私が戦史関係だけでなく、政治関係の本や新聞記事を書いていることはフェイスブックの投稿で先方にも知られている)についても話しました。

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ゲーム・デザイナー兼グラフィック・デザイナーのマーク・シモニッチ氏と。私はこのイベントに、同氏のデザインした『ウクライナ'43(第二版)』を持参して会場で二人の米国人とプレイし、シモニッチ氏と夕食を食べたあと、箱にサインをしてもらいました。ゲームデザインでもアートワークでも、参考になることが多いので、特に尊敬している人物です。

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こちらもゲーム・デザイナー兼グラフィック・デザイナーのジョー・ユースト氏と。ゲームの話、アートワークの話に加えて、政治の話でも盛り上がりました。日本では「旅先では政治と宗教の話は禁物」みたいな話がもっともらしく語られていますが、私はアメリカでもヨーロッパでもアジアでも、友人と政治や宗教の意見交換をよくやります。むしろ、同国人の間ですらこれらに触れたがらない日本人の方が、世界では珍しいような気がします。

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ランディ・ヘラー氏(真ん中、アバロンヒル『ビター・ウッズ』のデザイナー)、ポール・ケーニグ氏(右)と。ヘラー氏は米海軍の退役軍人ですが、医療関係の任務に就いていたとのこと。

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ジャック・グリーン氏(右奥、ホビージャパン『アイアンボトム・サウンド』等のデザイナー)、デーナ・ロンバーディ氏(右手前、L2『ストリーツ・オブ・スターリングラード』等のデザイナー)と。お二人とも、とてもやさしいおじさんです。グリーン氏は1980年代に日本のホビージャパンがゲームを出版していた頃、さまざまな形で関わっておられたので、日本のゲーマーにもなじみ深い人物。

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プレイ会場のようす。主にビッグゲームをプレイしている人が多いですが、あちこちでデザイナーとスタッフが新作ゲームのプレイテストを行っていました。貴重な機会ということで、深夜までプレイに熱中している人も。

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私が一番注目したのがこれ。シモニッチ氏が仲間とテスト中の新作『スターリングラード'42』(たぶんGMT社)。フルマップ2枚で、青作戦の始まり(1942年6月)から1943年1月初めまでをカバーする作戦級で、システムは『ウクライナ'43(第二版)』とほぼ共通。先に完成した、マーケット・ガーデン作戦を扱う『オランダ'44』は、GMT社から8月か9月頃発送とのこと。

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デーナ・ロンバーディ氏の『ストリーツ・オブ・スターリングラード』は、第四版のテストが行われていました。ヴォルゴグラードの公文書館で詳細な新史料が見つかり、独ソの地上部隊はもちろん、河川小艦隊や航空戦力などの編制もより正確になるとのことでした。

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GMT社で企画中の『ア・タイム・フォー・トランペッツ』。大隊レベルのバルジゲーム(タイトルはチャールズ・マクドナルドのバルジ戦本と同じ)で、デザイナーはアバロンヒル『シージ・オブ・エルサレム』などを手かげたブルーノ・シニガーリョ氏。ランディ・ヘラー氏らと夕食を食べた時に同席され、いろいろ昔の話を聞けました。

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MMP社のスタッフがテストしていたOCSの新作『サード・ウインター』。1944年初頭の東部戦線ウクライナでの激闘を、複数のシナリオで再現。マップにはキエフからオデッサまで、リヴォフからニコポリまでが含まれています。

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こちらではMMP社のGTSの新作『ザ・グレイテスト・デイ:ユタ・ビーチ』がテスト中でした。1944年のノルマンディー上陸作戦で、オマハ・ビーチの西に位置する戦域での戦いがテーマ。

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ロジャー・マクゴワン氏とデーナ・ロンバーディ氏がタッグを組んで制作・テスト中の新作『ザ・グレート・ウォー』。第一次大戦がテーマのカードゲームで、マクゴワン氏のおなじみのイラストもふんだんに使われています。

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ニュー・イングランド・シミュレーションズ(NES)でテスト中の新作『ジョーズ・オブ・ビクトリー』。1944年初頭の東部戦線コルスン包囲戦がテーマで、『キリング・グラウンド』同様に戦力チットを併用しています。

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コンシム・プレスで何年も前からテストを重ねているという新作『ベネス・ザ・サザン・クロス』。南太平洋を舞台にした、太平洋戦争期の空母戦ゲームで、艦艇を艦隊に編成して運用するヘビーなゲーム。

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こちらもコンシム・プレスでテスト中の『ザ・ウォー:パシフィック 1941-1945』。フルマップ二枚で太平洋戦争全体を扱う戦略級ゲーム。

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クレイグ・ニニッチという人がテストしていた『オストフロント』。師団レベルで独ソ戦全体をプレイするモンスターゲームで、生産ルールなども凝っています。マップにはムルマンスクやバクーも含まれています。

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グロニャール・シミュレーションズのチームがテストしていた『デス・ライド・クルスク』というモンスターゲーム。1943年のクルスク戦の南部戦域、第3装甲軍団戦区の戦いを、小隊レベルのユニットで再現する野心作です。

ゲーム紹介の写真点数がかなり多くなったので、ハワイでの話は次回に紹介します。
 
 
 
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2017年5月28日 [その他(戦史研究関係)]

【重版出来!】

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前回の記事で紹介した最新刊『「天皇機関説」事件』ですが、おかげさまで売れ行き良好で、発売直後から重版がかかり、発売から約一か月半で四刷になりました。買って下さった皆様、ありがとうございました。

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上は、今発売中の『週刊朝日』6月2日号に掲載された書評です。

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この本と関連して、6月12日に大阪・谷町六丁目の隆祥館書店で、尊敬する内田樹さんとのトークイベントをすることになりました。『「天皇機関説」事件』に関連する話を中心に、今の社会についての考えをいろいろ話したいと思っています。関心のある方は、隆祥館書店の公式サイトにお問い合わせください。

2017/6/12 「天皇機関説」事件が今、問いかけること  山崎雅弘×内田樹ト-クセッション


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それから、今月初めに『歴史群像』(学研)6月号が発売されました。

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今回の担当記事は「モンゴルと第二次大戦」です。第二次大戦を挟んだ1930年代から1940年代までの、外蒙古(モンゴル人民共和国)と東部内蒙古(満洲国西部)、西部内蒙古(徳王などの自治政府)それぞれの、日中ソ三国に翻弄された歩みを概観します。

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1939年のノモンハン事件は、日本では「日ソの激突」として知られていますが、モンゴル人民革命軍と満洲国軍のモンゴル人部隊による「モンゴル人同士の戦い」でもありました。

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知られざる第二次大戦の裏話を描く記事は、以前にも何度か書きましたが、最近書いた「チェコスロヴァキアと第二次大戦」「バルト三国と第二次大戦」「モンゴルと第二次大戦」はいずれも好評だとのことで、次号の担当記事も「インドと第二次大戦」で書きました。発売は、7月頭の予定です。
 
 
 
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2017年4月16日 [その他(戦史研究関係)]

今日は告知です。おとといの4月14日に、新刊『「天皇機関説」事件』(集英社新書)が発売されました。

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【商品説明】
《「天皇機関説」事件は、この学説を主張する憲法学者の美濃部達吉に対する、天皇を崇拝する退役軍人や右派政治家による攻撃が発端となっている。一九三五年二月に始まり、約半年に渡る「機関説」排撃運動の中で、美濃部に対する政治的な弾圧が行われただけでなく、言論や学問の自由も奪われ、立憲主義が事実上停止した。その結果、「権力の暴走」を止める安全装置が失われ、日本は破局的な戦争へと突き進む。この事件は、社会がどのように「壊れて」いくのかを物語る昭和史の重要な分岐点である。現在の政治・社会状況との類似点に戦慄が走る。》

メインテーマは「機関説排撃」ですが、憲法学説の問題に留まらず、最終的には社会の価値観を一変させた重大な歴史の転機でした。具体的には、天皇機関説の排撃に重なる形で「国体明徴運動」が始まり(これについては学研『戦前回帰』を参照)、個人主義や自由主義などの西欧的な価値観も「日本の国体に合わない」として批判や排撃の標的となりました。

帯に映っているのは、事件発生当時の帝国議会(国会)で使われていた、帝国議会仮議事堂の議場。現在の国会議事堂は、まだ建設中でした。

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蓑田胸喜・菊池武夫など対美濃部達吉という中心的な対立の構図と重なる形で、鈴木喜三郎(政友会)対岡田啓介(首相)、平沼騏一郎(枢密院副議長)対一木喜徳郎(枢密院議長)等の別の対立軸も存在し、ここに軍部と在郷軍人、右翼団体の思惑が加わり、文部省も関与して「国体明徴運動」が加速します。

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【推薦】
作家・半藤一利氏(『日本のいちばん長い日』『昭和史1926-1945』著者)
「これは昭和史の重要な分岐点だ。現在と酷似する状況に慄然とする」

今回、尊敬する半藤一利さんに推薦文をいただき、戦史研究家として大変光栄に思います。天皇機関説事件は、以前なら「昭和史の一コマ」として傍観者的に見られた出来事だと思いますが、社会の抑圧が次第に強まる空気感や、議会の内外で飛び交う「罵倒の言葉の鋭利さ」などは、過去の話ではありません。

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今回は、書店などで使う宣伝用パネルも作っていただきました。文章を少し直したので、最終版とは少し違いますが。

戦後の日本は、言論の自由や思想の自由が保障された社会で、そんな時代に生きられて幸運だと、戦史や紛争史を研究していると数え切れないほど感じてきました。今後も日本が、天皇機関説事件後わずか10年ほどで歴史上最大の破滅に向かった「病気に冒された時代」に回帰することなく、戦後70年の平和的繁栄の土台となった自由主義や個人主義の価値観が守られる社会であってほしいと願っています。


【おまけ】

名張の高地にも、数日前にようやく桜前線が到来しました。雨風で散る前に、しばしお花見を楽しみました。

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2017年3月27日 [その他(戦史研究関係)]

前回の更新から一か月以上が経過してしまいました。この間、三つの出張旅行があり、それらの情報も含めて、以下にご報告します。まずは告知から。

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3月5日に、学研『歴史群像』誌の最新号が発売されました。私の担当記事は「ハイドリヒ暗殺事件の現場を歩く」(カラー4ページ)と「バルト三国の第二次大戦」(白黒11ページ)の二本です。

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どちらも知られざる第二次大戦の裏面史ですが、前者は昨年現地で撮ってきた写真と自作の地図3点で、暗殺事件とその関連の現場を紹介しています。


続いて、出張旅行について。まず2月20日から27日まで、本の取材を兼ねて中国の上海、蘇州、南京と台湾の台北、新竹に行っていました。

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中国の本土へ行ったのは初めてでしたが、上海、蘇州、南京とも、ホームドア付きの綺麗な地下鉄が整備されている上、タクシーも気軽に利用できるので、限られた時間内で多くの場所を見て回れました。

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上海にある「豫園」という庭園施設。あちこちに散りばめられた凝った装飾が興味深いです。

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1937年の第二次上海事変で、第3師団の先遣隊が上陸した呉淞桟橋付近のようす。今も貨物船などの桟橋として使用されています。

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1937年の第二次上海事変で、第11師団が上陸した川沙鎮の海岸。護岸されていて当時の面影はありませんが、この辺りでは揚子江は海のように広い。

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1937年の南京攻略戦で激戦地の一つとなった、中山門。現在は三つの穴を道路が通る形になっています。

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南京北部の揚子江沿岸。1937年の南京攻略戦のあと、河岸のあちこちで、大勢の中国軍捕虜が日本軍によって殺害され、死体のほとんどは川に流されました(現場にいた複数の日本陸軍と日本海軍の兵士が、その惨状を当時の日記などに書き残しています)。


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中国と台湾でも、シミュレーション・ゲーム(ウォーゲーム)関係の友人とあちこちで会い、情報交換や歓談、ゲームプレイを楽しめました(台北ではGJ「賤ヶ岳戦役」と現地デザイナーの制作中ゲームをプレイ)。

中国では、数年前から若い世代の給料が増えたので、欧米や日本の輸入ゲームも買えるようになり、ボードゲーム全体のマーケットが広がっているとの話。ゲームデザイナーも続々と誕生中です。

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中国製のウォーゲーム。最初の2つは、大坂夏の陣がテーマで、中国のゲーム/エンタメ業界では日本の戦国時代が人気テーマの一つだとか。3つ目は第二次大戦末期のベルリン戦、4つ目は日清戦争の水上戦を扱う戦術級ゲーム。

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こちらは台湾のウォーゲーム付き雑誌『戦棋』の最新号と一つ前の号。最新号の「四平」は、国民党と共産党の「国共内戦」における四平攻防戦がテーマで、両軍の戦闘序列や指揮系統も詳しくて興味を惹かれます。副題の「中国のマドリード」とは、スペイン内戦期の戦いにちなんだ表現。

一つ前の号は、日中戦争初期の1937年に繰り広げられた、第二次上海事変から南京攻略戦を扱う作戦級ゲーム「鐵衛禁軍」。中国軍の編制内容に関する情報も詳しいので、いろいろ参考になります(上海から南京への進撃途上で発生した出来事を考えると、日本人にはなかなかプレイやデザインのしにくいテーマです)。南京攻略戦時の日本軍による中華門突破を扱うミニゲーム「南京! 南京!」もおまけで付いています。



2月28日は家で一服しましたが、3月1日から4日までは、前回の記事で紹介しましたイベント2つと仕事の打ち合わせで東京へ。1日と4日のイベントでは、いろいろな方とお話することができ、私も大いに勉強になりました。特に、上智大学の「ジャパノロジー」研究は、今の社会で進みつつある「自国認識の実質的な画一化」に対抗する上で重要だと感じました。

1935年の天皇機関説排撃論とそれ以後の国体明徴運動において、「日本の国体は万邦無比(他国とは比べものにならないほど優れたもの)」という主観的な自国優越思想が根底にありましたが、その際に多用された論理が「西洋の学説(憲法論、社会論)では日本の国体を正しく評価できない」というものでした。

言い換えれば、1935年〜1945年の日本では自国の制度や文化、歴史認識を外部世界との繋がりとして「相対化・客観視」する視点を捨て、ひたすら自国優越思想の「主観」で絶対化する思考が政府と軍部、国民を支配したとも言えます。おそらく「ジャパノロジー」研究は、それとは正反対の学問です。



3月6日から12日までは、こちらも本の取材を兼ねた旅行で、長崎と沖縄へ。原爆関係と沖縄戦の強制集団死(いわゆる集団自決)関連の場所を主に訪問し、沖縄ではフェリーで渡嘉敷島にも渡りました。

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長崎の眼鏡橋。米軍が計画していた長崎の原爆投下目標は、この眼鏡橋の二つ西に架かる常盤橋という橋でした。投下当日は、第一目標の小倉と同様、長崎も厚い雲に覆われていましたが、一瞬だけ切れ目ができ、爆撃手が目標をきちんと確認せずに投下したとされます。

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長崎平和祈念公園の平和祈念像。

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沖縄のシムクガマというガマ(洞窟)の入り口を内側から見たところ。このガマに隠れていた民間人は、勇気あるリーダーの判断で米軍に投降したため、ほぼ全員が助かりました。



なかなかにヘビーな三週間でしたが、今執筆中の二冊の本に活かせそうな情報をいろいろ得ることができました。来月中旬には、今年一冊目の本が出る予定ですが、それについては改めて告知します。



【おまけ】

中国と台湾、長崎、沖縄で食べた、美味いもの。食という面でも、今回の旅行は大満足でした。

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2017年2月19日 [その他(戦史研究関係)]

今日は雑誌とイベントの告知です。

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まず、今発売中の『週刊金曜日』(2017年)に「氾濫する『反日』という言葉の暴力性」という記事を寄稿しました。産経新聞や月刊『正論』などで多用される「反日」という言葉の定義や使われ方のパターン(大別して三種類に分類可能)を読み解いています。

日本の将来を危惧して、今の首相の政策を批判する人間(政治思想はさまざま)に対し、なぜか「反日」という罵倒が浴びせられることがありますが、その背景にはどんな思考があるのか。過去の日本でも見られた、そういった罵倒の先にはどんな未来が待っているのか。考える一助になれば幸いです。


続いて、イベント二件の告知を。まず、3月1日(水)に明治大学駿河台校舎研究棟2階第9会議室で、宗教学者の島薗進さんとの対談イベント「人のいのちが軽くなる時代 戦前と戦後と2010年代(第298回現代史研究会)」があります。

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今も日本会議などが継承する戦前戦中の「国体」思想が、「人命を軽く評価する価値観」として日本に蔓延した話などについて、思うところを述べたいと思います。参加費・資料代が500円となっています。

第298回現代史研究会


3月4日(土)には、上智大学四谷キャンパス12号館2階202教室で開かれる、こちらのシンポジウムで20分ほど話をする予定です。

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テーマは「政治に従属した戦前の日本研究とその反省」で、戦前(1930年代後半)の日本で、日本研究がいつしか「国体」という宗教的政治思想を理論的に補強する材料に変質していった経過を、改めて反省的に振り返る内容です。参加費は無料です。

どちらも東京でのイベントですが、興味のある方はぜひお運びください。特に、大学生や20代の方に多く来ていただきたいです。

 
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2017年2月12日 [その他(戦史研究関係)]

先月後半はいろいろ忙しくて、告知がいくつかあったのに更新できませんでした。

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まず、1月14日に放送されたTBS『報道特集』で、トランプ米大統領(放送時は就任式直前)の政治手法について、私のインタビューが放送されました。2日前の12日に、赤坂のTBSで収録したものです。

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この日の特集一本目は、トランプ氏の「Post-Truth(真実以後)」、つまり「ウソ」を武器として使う政治手法がテーマで、大統領選挙中にトランプ氏が言ったり書いたりした様々な発言やそれに対する反応をビデオで紹介し、その意図を探るというものでした。

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女優のメリル・ストリープ氏がゴールデン・グローブ賞の授賞式で行ったスピーチと、それに対するトランプ氏の「言い返し」が示すように、彼は人間を「敵と味方」に分けて対処する傾向が顕著で、ほんの一年半前には「好きな女優の一人で、人間的にも立派だ」と絶賛していたストリープ氏でも、自分を批判するとなったら一転して「彼女は最も過大評価されている女優だ」と誹謗・攻撃してしまうような人物です。

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イスラム教徒が多い7か国からの入国をいきなり禁止したり、スペインとの国境に壁を築くと言い出したりするのも、こうした「敵と味方」思考の反映で、無造作に「敵と味方」を分けることで、彼を「味方」と見なす人々の支持を得ようとしています。しかし、こうした思考は、人権や人道、平等を重んじる現代のアメリカ社会の理念とは全く相反するもので、こんな人物と「価値観を共有している」「ウマが合う」「相性ぴったり」などと自慢する政治家がいたら、私は「かなり危ない人だ」と思います。



この放送から2日後の1月16日から23日まで、取材を兼ねた旅行で、フランスのパリと、スペインのビルバオ、ゲルニカに行ってきました。真冬のパリは、噂通り寒さが厳しく、のんびりセーヌ川のほとりを散歩という雰囲気ではありませんでしたが、観光客が少ないので、名所で行列に並ぶこともほとんどありませんでした。

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ホテルの部屋から見たパリの夜景。凱旋門とエッフェル塔がライトアップされています。

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観光名所のランドマークは、一度観るとそれで満足(またはガッカリ)という場合が多いですが、エッフェル塔は、観れば観るほどに興味が沸いてきます。これは、ヒトラーの写真で有名な、シャイヨー宮のテラスから見た塔。

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セーヌ河畔の夕暮れ。気温はマイナス6度。

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サント・シャペル。壁を埋め尽くすステンドグラスが美しい。

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ノートルダム大聖堂のバラ窓。これも綺麗なステンドグラス。

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ノートルダム大聖堂そばのカフェで食べたランチ。オレンジ色のコップはかぼちゃのスープで、瓶の中はラタトゥイユ。

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地下鉄(メトロ)のシテ島駅。証明がタイルに反射して優美な景観です。

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パリでは、現地のシミュレーション・ゲーマー(ウォーゲーマー)が食事会をアレンジしてくれました。私ともう一人、米国人のゲーマーも参加。バーで少し飲んだあと、ビストロで食事しました。お開きになったのは12時過ぎでした。

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スペイン北部のビルバオ。バスク地方のヴィスカヤ県の県都で、趣のある旧市街と近代的な都市部が調和した、清潔で過ごしやすい街でした。

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ビルバオにある世界遺産のヴィスカヤ橋は、高い構造物から乗り物を吊り下げて対岸に人や車を運ぶ、ちょっと変わった橋です。構造物の中も、橋として歩いて渡れるようになっています。

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ビルバオでは、MMP社などのアートワークで知られる、グラフィック・デザイナーのニコ・エスクービ氏と会い、バスク地方の話やアートワークの話など、いろいろ聞きました。彼の自宅の仕事場では、作業中のアートワークをどうやって作っているかというデータも見せてもらいました。

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ビルバオから電車で一時間ほどの場所にある、ゲルニカ。スペイン内戦中の1937年4月26日、フランコ側で介入していたドイツ空軍のコンドル軍団が、この街に無差別爆撃を行い、大勢の市民が死傷して、街の中心部は爆弾と火災で廃墟となりました。

ピカソの名画「ゲルニカ」は、この蛮行への抗議として描かれたもので、今はマドリードの美術館に展示されています。現地には、タイルで作られた小さいサイズのレプリカが展示されています(オリジナルは、かなり大きい)。

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ビルバオで食べたボカディージョ。イベリコ豚の生ハムのサンドイッチで、サイズは日本の基準だとかなり大きいですが、なんでこんなに美味いのか、と思っているうちに、全部食べてしまうのでした。


 
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2017年1月11日 [その他(戦史研究関係)]

2017年になりました。本年もよろしくお願いします。まずは、恒例の告知から。『歴史群像』(学研)の2017年2月号が、発売されました。

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私の担当記事は「シベリア出兵」で、第一次大戦後の1918年〜25年に日本軍が米英仏中らと共に行った、内戦期ロシアへの干渉戦争を、政治と軍事の両面から解説しています。今風に言えば「有志国連合」として始まった出兵ですが、途中から日本の迷走が始まります。

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あまり知られていない、シベリアでの日本軍とロシア人の「赤色パルチザン」の戦いの実相にも触れています。同誌昨年8月号に掲載された私の原稿「ロシア内戦」と合わせて読めば、より理解が深まるかと思います。



さて、昨年紹介しようと思って忘れていた、ネットで読める記事を、いくつかご紹介します。いずれも、神奈川新聞の記事です。

時代の正体〈411〉主観に傾倒する政権の暴走(上)
(2016年11月2日公開)

時代の正体〈412〉国の破滅導く「愛国」の矛盾(下)
(2016年11月3日公開)

天皇誕生日に考える「生前退位」 特別立法の何が問題なのか
(2016年12月23日公開)

過去の歴史との向き合い方、「愛国」とされる思考の正体、今上天皇の「生前退位」問題など、今の日本が直面する諸々の問題について考える際、参考にしていただければ幸いです。最初の二つは、無料のお試し登録をすれば、最後まで読めます。

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また、過去に新聞やネット媒体などに寄稿した原稿を再録したブログもあります。こちらも、参考になれば幸いです。

山崎雅弘 原稿保管庫

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2016年12月31日 [その他(雑感・私生活など)]

2016年も、いよいよ今日で終わりです。今年は、私にとっては意外と長い一年でした。はじめの頃に起こった出来事が、もう遠い昔のように感じられます。

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今年出た著書。『日本会議』(集英社新書)、『5つの戦争から読み解く日本の近現代史』(ダイヤモンド社)、『[新版]中東戦争全史』『[新版]独ソ戦史』(共に朝日文庫)の4冊です。特に『日本会議』はあちこちで紹介していただき(増刷も重ね)、関連企画として『kotoba』誌に宗教学者の島薗進さんとの対談記事が出たり、『サンデー毎日』に青木理さんとの対談記事が出たり、『SIGHT』誌に渋谷陽一さんとの対談記事が出たりもしました。

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また、内田樹さん編のアンソロジー本『転換期を生きるきみたちへ』(晶文社)にも、原稿を寄稿しました。

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雑誌『歴史群像』への今年の寄稿は「張鼓峰事件」(2月号)、「シンガポールの第二次大戦」(4月号、カラー頁の企画も連動)、「クリミア併合」(6月号)、「混沌と対立のロシア内戦」(8月号)、「チェコスロヴァキアの第二次大戦」(10月号)、「レッドパージ」(12月号)でした。

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今年は仕事が忙しくて、過去の掲載記事を電子書籍として出版する事業はお休みでしたが、来年は再開する予定です。

六角堂出版の電子書籍カタログ


執筆以外の仕事では、神奈川新聞や琉球新報などのインタビューを受けたり、岩上安身さんのIWJ(インデペンデント・ウェブ・ジャーナル)で6時間を超えるネットインタビューに出演したり、神戸で日本会議と安倍政権に関する講演会を行ったりもしました。

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人前でしゃべるのは正直苦手で、なかなか思い通りに話せずに苦戦していますが、社会問題について自由に意見表明できる環境が少しずつ脅かされているように思えるので、来年も幅広く活動するつもりです。


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仕事以外では、5月にスペイン(バルセロナ、マドリード、トレド)とポルトガル(リスボン、シントラ、ロカ岬)へ旅行し、8月には広島(広島、呉、江田島、宮島)と山口(岩国、周防大島)へ、10月にはチェコ(プラハ、リディツェ、ブルノ、チェスキークルムロフ、チェスキーチェシン)とポーランド(チェシン、クラクフ、オシュフィエンツィム=アウシュヴィッツ)、スロヴァキア(ブラチスラヴァ、バンスカービストリツァ)、ハンガリー(ブダペスト、ヴィシェグラード、バラトン湖、セーケシュフェヘルヴァール、ショプロン)、オーストリア(ウィーン)を旅行しました。

スペイン=ポルトガル旅行についての過去記事

広島=山口旅行についての過去記事

中欧五か国旅行についての過去記事

広島=山口と中欧五か国の旅行は、単行本や雑誌記事のための取材も兼ねてレンタカーで各地を周り、見聞を広めることができました。

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来年は、現時点で本三冊の出版が予定されており、『歴史群像』への寄稿も継続します(1月頭に出る号の担当記事は「シベリア出兵」)。取材を兼ねた旅行も活発に行う計画です。著書を買って下さった皆様、ありがとうございました。来年もベストを尽くしますので、ぜひご期待ください。

それでは、皆様もよいお年を。


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