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2017年10月4日 [その他(戦史研究関係)]

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9月は、公私共にいろいろと忙しくて、結局一度もブログを更新できませんでした。先月の話題になりますが、いくつか近況を紹介しておきます。

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まず、『歴史群像』誌(学研)の10月号が、9月5日に発売されました。今回の私の担当記事は「WWII 美術品争奪戦」で、第二次大戦とその前後のヨーロッパ戦域における、ドイツの美術品獲得・略奪と米ソ両国の奪回・略奪の歴史を俯瞰的に解説しています。

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日本でも人気のフェルメールも、ヒトラーの「蒐集欲」を刺激するアイテムでした。

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同記事の中でも紹介した、第二次大戦中の1943年4月にヒトラーの親友ホフマンが刊行した美術雑誌『クンスト・デム・フォルク』。

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表紙に使われたフェルメールの傑作「絵画芸術」は、一時ヒトラーの手中にありましたが、今はオーストリアのウィーンにある美術史美術館で鑑賞できます(写真は、昨年10月に美術史美術館で撮影)。


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それから、9月11日から15日まで、日中戦争関連の取材を兼ねて、中国の上海と南京に行ってきました。上海も南京も、今年の2月に続いて二度目の方面で、両市の主要な場所は見て回れたと思います。上は、上海バンド(外灘)の夜景。雨上がりで地面に光が反射しているので、特に綺麗でした。

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上海の戦跡。旧日本海軍陸戦隊本部の建物、八字橋、ガーデンブリッジ、飯田桟橋。「上海淞滬抗戦紀念館」は、第一次と第二次の上海事変についての展示がある戦史博物館。

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上海から少し離れた金山衛。膠着した上海の戦況を打開するため、1937年11月に日本軍の第10軍が上陸した場所で、激戦地となった金山衛城にも戦史博物館があります。

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南京市内の戦跡と史跡。当時ドイツのシーメンス社の中国支社総責任者だったジョン・ラーベの邸宅は、今では日中戦争期に彼が行った難民救済などを展示する博物館になっています。真ん中の挹江門は、1937年12月の南京戦でいくつかの事件の舞台となった場所。「南京抗日航空烈士記念館」は、日中戦争期における中国人・アメリカ人・ソ連人パイロットの戦跡や関連の資料を展示する戦史博物館です。

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南京城内の夫子廟という孔子を祀る廟のそばにある秦淮河の夜景。

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上海と南京では、シミュレーション・ゲームのプレイヤーとも会いました。ネットで情報収集できるので、みんな日本のウォーゲーム事情もよく知っています。

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上海といえば蟹。旬はまだ少し早かったですが、それでも美味しくいただきました。丸いのは、南京で食べた豚肉と餅米を固めたもの。これもなかなか美味。

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上海の通りを歩いていて、「雅弘画廊」というのを見つけました。中国語では「雅弘」は「ヤホン」と読むらしい。
 
 
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2017年7月16日 [その他(戦史研究関係)]

前回の更新から、だいぶ間が空いてしまいましたが、先日のアリゾナ・ハワイ旅行レポートの後編です。

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ハワイのホノルル国際空港は、今年4月27日に「ダニエル・K・イノウエ国際空港」へと改称されました。イノウエ氏は、ハワイ生まれの日系二世で、戦中は第442連隊戦闘団の一員としてヨーロッパでドイツ軍と戦った経歴(右腕を失う)を持ち、戦後は政界に入り上院議員や上院仮議長として活躍した人物です。

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イノウエ空港のロビーには、彼の足跡に関する展示に加え、第二次大戦期の日系人部隊である第442連隊戦闘団と第100歩兵大隊、陸軍情報部所属の日系米軍人の活動に関する展示があります。1943年、ヨーロッパ戦線に送られた米軍日系人部隊は、終戦まで激戦を重ねて多くの叙勲を受けましたが、必要以上に「忠誠心」を示す必要があったため、死傷率も非常に高かった。

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ハワイ・真珠湾のシンボル的施設である、アリゾナ記念館。日本軍の攻撃で大爆発を起こして沈没した戦艦アリゾナの船体上に作られた慰霊施設で、時間指定の整理券をもらってオアフ島から無料ガイドツアーで行きます。周辺には、他の沈没船の位置を示すコンクリート製の構造物もあります。真珠湾周辺の地形は平坦なので、日本軍の爆撃機や雷撃機のパイロットは、上空から目標を確認しやすかったでしょう。

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アリゾナ記念館に向かう前、ツアー参加者は日本がなぜ対米開戦を決定したかという短い映画を鑑賞しますが、真珠湾攻撃を実行した東條内閣の一員として、岸信介商工大臣の顔の下半分も一瞬画面に映ったように見えました。先日ここを訪れた安倍首相も、この映画を観たと、首相らに同行取材していた外国人記者から聞きましたが、画面を指さして「あれが私の尊敬する祖父です」と言ったでしょうか。

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真珠湾の戦史関係の見どころを回る拠点のビジターセンターには、小さい博物館があり、アリゾナ記念館の模型や、真珠湾攻撃の日本軍機が出撃した空母赤城の模型なども展示されています。戦艦ミズーリや潜水艦ボーフィン、太平洋航空博物館などのチケットはここで買えますが、ネットで事前購入するのが確実です。

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真珠湾でアリゾナ記念館へ行く時間待ちをしていたら、遠くから軍艦が近づいてきました。よく見ると、なんと艦尾に旭日旗が翻っていて驚きました。真珠湾に旭日旗の軍艦?

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「あれは海上自衛隊の訓練航海だね。戦没者に敬意を表して減速し、タグボートを伴っている」と米海軍の人が教えてくれました。艦名は「かしま」と「はるさめ」。真珠湾の港内で、アリゾナ記念館と、旭日旗を掲げた自衛隊の艦艇というツーショットは、いろいろな意味で興味深い光景ではありました。

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真珠湾に展示されている米海軍の潜水艦ボーフィン。太平洋戦争中盤の1943年5月1日に就役し、日本の輸送船に対する通商破壊戦に従事。1944年8月22日には沖縄から疎開する学童を乗せた疎開船「対馬丸」を撃沈した潜水艦で、今は内部を一般公開しています。この潜水艦を前にして、私は沖縄で見学した、対馬丸記念館の展示内容を思い出していました。艦内は見学せず。

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潜水艦ボーフィンのそばの陸地に展示されている、日本海軍の特攻兵器「回天」。英語の説明がストレートに言い表しているように「一人乗りの自殺魚雷」で、最初から敵艦への体当たりを目的とした兵器でした。私の父方の祖父は、戦後は個人でいくつか特許を持つエンジニアでしたが、戦中はこれに関わっていたとのこと。しかし私が小学生の頃に亡くなったので、どんな心境で回天に関わったのかは聞けませんでした。

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ハワイ・真珠湾のフォード島に停泊している戦艦ミズーリ。現在は記念館として艦上と艦内の一部を公開していますが、艦橋など上層構造部の修繕工事が行われています(今年9月まで)。第二次大戦後期の1944年1月に進水し、米軍の硫黄島上陸や沖縄上陸に加え、朝鮮戦争や湾岸戦争でも支援砲撃を行いました。

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戦艦ミズーリは、1945年9月2日に重光葵ら日本政府代表が、マッカーサーをはじめとする連合軍代表者と会って降伏文書に調印した場所でもあります(調印当時、東京湾に停泊)。降伏条約の調印時には、ペリー提督の掲げた古い星条旗が持ち出されましたが、今もそのレプリカがミズーリ艦上に展示されています。

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ミズーリの艦上では、修復の一環として、木甲板の張り替え作業が行われていました。鋼板に木を並べるのは、防熱や防音に加え、歩く人への負担軽減(濡れても滑りにくく、衝撃も緩和される)という効果もあるそうです。

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真珠湾のフォード島にある太平洋航空博物館。真珠湾攻撃当時に使われていた飛行場脇の格納庫を利用した軍用機の博物館で、ゼロ戦やB25(1942年4月18日に東京を爆撃したドゥーリットル隊の爆撃機)、ドーントレス、修復待ちのB17爆撃機などが展示されています。戦後のジェット機も少しあります。

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午後にフォード島で戦艦ミズーリと太平洋航空博物館を見学し、帰りのシャトルバスを待っていたら、「かしま」と「はるさめ」の乗組員らしき海上自衛隊の幹部候補生たちが、二台のバスに分乗してやってきました。


【おまけ】

ハワイでは、レンタカーのドライブに加えて、生まれて初めてスカイダイビングに挑戦しました。北部のディリンガム飛行場で、インストラクターとタンデムのパラグライダーで降下するプログラム。高度14000フィート(約4300メートル)で機外に飛び出し、最初は約1分の自由落下でスリル満点の体験。

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上空から見る、ハワイの山と海の色彩は絶景でした。降下した場所は、真珠湾を目指す攻撃第一波の水平爆撃機と雷撃機が通過した辺りで、日本海軍機の乗員はこの美しいハワイの景色を、どんな思いで見たのだろう、と思いました。しかし短時間での急激な気圧変化と、パラグライダー開花後の姿勢制御はけっこう身体にこたえました。
 
 
 
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2017年5月28日 [その他(戦史研究関係)]

【重版出来!】

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前回の記事で紹介した最新刊『「天皇機関説」事件』ですが、おかげさまで売れ行き良好で、発売直後から重版がかかり、発売から約一か月半で四刷になりました。買って下さった皆様、ありがとうございました。

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上は、今発売中の『週刊朝日』6月2日号に掲載された書評です。

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この本と関連して、6月12日に大阪・谷町六丁目の隆祥館書店で、尊敬する内田樹さんとのトークイベントをすることになりました。『「天皇機関説」事件』に関連する話を中心に、今の社会についての考えをいろいろ話したいと思っています。関心のある方は、隆祥館書店の公式サイトにお問い合わせください。

2017/6/12 「天皇機関説」事件が今、問いかけること  山崎雅弘×内田樹ト-クセッション


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それから、今月初めに『歴史群像』(学研)6月号が発売されました。

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今回の担当記事は「モンゴルと第二次大戦」です。第二次大戦を挟んだ1930年代から1940年代までの、外蒙古(モンゴル人民共和国)と東部内蒙古(満洲国西部)、西部内蒙古(徳王などの自治政府)それぞれの、日中ソ三国に翻弄された歩みを概観します。

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1939年のノモンハン事件は、日本では「日ソの激突」として知られていますが、モンゴル人民革命軍と満洲国軍のモンゴル人部隊による「モンゴル人同士の戦い」でもありました。

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知られざる第二次大戦の裏話を描く記事は、以前にも何度か書きましたが、最近書いた「チェコスロヴァキアと第二次大戦」「バルト三国と第二次大戦」「モンゴルと第二次大戦」はいずれも好評だとのことで、次号の担当記事も「インドと第二次大戦」で書きました。発売は、7月頭の予定です。
 
 
 
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2017年4月16日 [その他(戦史研究関係)]

今日は告知です。おとといの4月14日に、新刊『「天皇機関説」事件』(集英社新書)が発売されました。

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【商品説明】
《「天皇機関説」事件は、この学説を主張する憲法学者の美濃部達吉に対する、天皇を崇拝する退役軍人や右派政治家による攻撃が発端となっている。一九三五年二月に始まり、約半年に渡る「機関説」排撃運動の中で、美濃部に対する政治的な弾圧が行われただけでなく、言論や学問の自由も奪われ、立憲主義が事実上停止した。その結果、「権力の暴走」を止める安全装置が失われ、日本は破局的な戦争へと突き進む。この事件は、社会がどのように「壊れて」いくのかを物語る昭和史の重要な分岐点である。現在の政治・社会状況との類似点に戦慄が走る。》

メインテーマは「機関説排撃」ですが、憲法学説の問題に留まらず、最終的には社会の価値観を一変させた重大な歴史の転機でした。具体的には、天皇機関説の排撃に重なる形で「国体明徴運動」が始まり(これについては学研『戦前回帰』を参照)、個人主義や自由主義などの西欧的な価値観も「日本の国体に合わない」として批判や排撃の標的となりました。

帯に映っているのは、事件発生当時の帝国議会(国会)で使われていた、帝国議会仮議事堂の議場。現在の国会議事堂は、まだ建設中でした。

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蓑田胸喜・菊池武夫など対美濃部達吉という中心的な対立の構図と重なる形で、鈴木喜三郎(政友会)対岡田啓介(首相)、平沼騏一郎(枢密院副議長)対一木喜徳郎(枢密院議長)等の別の対立軸も存在し、ここに軍部と在郷軍人、右翼団体の思惑が加わり、文部省も関与して「国体明徴運動」が加速します。

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【推薦】
作家・半藤一利氏(『日本のいちばん長い日』『昭和史1926-1945』著者)
「これは昭和史の重要な分岐点だ。現在と酷似する状況に慄然とする」

今回、尊敬する半藤一利さんに推薦文をいただき、戦史研究家として大変光栄に思います。天皇機関説事件は、以前なら「昭和史の一コマ」として傍観者的に見られた出来事だと思いますが、社会の抑圧が次第に強まる空気感や、議会の内外で飛び交う「罵倒の言葉の鋭利さ」などは、過去の話ではありません。

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今回は、書店などで使う宣伝用パネルも作っていただきました。文章を少し直したので、最終版とは少し違いますが。

戦後の日本は、言論の自由や思想の自由が保障された社会で、そんな時代に生きられて幸運だと、戦史や紛争史を研究していると数え切れないほど感じてきました。今後も日本が、天皇機関説事件後わずか10年ほどで歴史上最大の破滅に向かった「病気に冒された時代」に回帰することなく、戦後70年の平和的繁栄の土台となった自由主義や個人主義の価値観が守られる社会であってほしいと願っています。


【おまけ】

名張の高地にも、数日前にようやく桜前線が到来しました。雨風で散る前に、しばしお花見を楽しみました。

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2017年3月27日 [その他(戦史研究関係)]

前回の更新から一か月以上が経過してしまいました。この間、三つの出張旅行があり、それらの情報も含めて、以下にご報告します。まずは告知から。

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3月5日に、学研『歴史群像』誌の最新号が発売されました。私の担当記事は「ハイドリヒ暗殺事件の現場を歩く」(カラー4ページ)と「バルト三国の第二次大戦」(白黒11ページ)の二本です。

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どちらも知られざる第二次大戦の裏面史ですが、前者は昨年現地で撮ってきた写真と自作の地図3点で、暗殺事件とその関連の現場を紹介しています。


続いて、出張旅行について。まず2月20日から27日まで、本の取材を兼ねて中国の上海、蘇州、南京と台湾の台北、新竹に行っていました。

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中国の本土へ行ったのは初めてでしたが、上海、蘇州、南京とも、ホームドア付きの綺麗な地下鉄が整備されている上、タクシーも気軽に利用できるので、限られた時間内で多くの場所を見て回れました。

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上海にある「豫園」という庭園施設。あちこちに散りばめられた凝った装飾が興味深いです。

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1937年の第二次上海事変で、第3師団の先遣隊が上陸した呉淞桟橋付近のようす。今も貨物船などの桟橋として使用されています。

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1937年の第二次上海事変で、第11師団が上陸した川沙鎮の海岸。護岸されていて当時の面影はありませんが、この辺りでは揚子江は海のように広い。

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1937年の南京攻略戦で激戦地の一つとなった、中山門。現在は三つの穴を道路が通る形になっています。

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南京北部の揚子江沿岸。1937年の南京攻略戦のあと、河岸のあちこちで、大勢の中国軍捕虜が日本軍によって殺害され、死体のほとんどは川に流されました(現場にいた複数の日本陸軍と日本海軍の兵士が、その惨状を当時の日記などに書き残しています)。


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中国と台湾でも、シミュレーション・ゲーム(ウォーゲーム)関係の友人とあちこちで会い、情報交換や歓談、ゲームプレイを楽しめました(台北ではGJ「賤ヶ岳戦役」と現地デザイナーの制作中ゲームをプレイ)。

中国では、数年前から若い世代の給料が増えたので、欧米や日本の輸入ゲームも買えるようになり、ボードゲーム全体のマーケットが広がっているとの話。ゲームデザイナーも続々と誕生中です。

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中国製のウォーゲーム。最初の2つは、大坂夏の陣がテーマで、中国のゲーム/エンタメ業界では日本の戦国時代が人気テーマの一つだとか。3つ目は第二次大戦末期のベルリン戦、4つ目は日清戦争の水上戦を扱う戦術級ゲーム。

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こちらは台湾のウォーゲーム付き雑誌『戦棋』の最新号と一つ前の号。最新号の「四平」は、国民党と共産党の「国共内戦」における四平攻防戦がテーマで、両軍の戦闘序列や指揮系統も詳しくて興味を惹かれます。副題の「中国のマドリード」とは、スペイン内戦期の戦いにちなんだ表現。

一つ前の号は、日中戦争初期の1937年に繰り広げられた、第二次上海事変から南京攻略戦を扱う作戦級ゲーム「鐵衛禁軍」。中国軍の編制内容に関する情報も詳しいので、いろいろ参考になります(上海から南京への進撃途上で発生した出来事を考えると、日本人にはなかなかプレイやデザインのしにくいテーマです)。南京攻略戦時の日本軍による中華門突破を扱うミニゲーム「南京! 南京!」もおまけで付いています。



2月28日は家で一服しましたが、3月1日から4日までは、前回の記事で紹介しましたイベント2つと仕事の打ち合わせで東京へ。1日と4日のイベントでは、いろいろな方とお話することができ、私も大いに勉強になりました。特に、上智大学の「ジャパノロジー」研究は、今の社会で進みつつある「自国認識の実質的な画一化」に対抗する上で重要だと感じました。

1935年の天皇機関説排撃論とそれ以後の国体明徴運動において、「日本の国体は万邦無比(他国とは比べものにならないほど優れたもの)」という主観的な自国優越思想が根底にありましたが、その際に多用された論理が「西洋の学説(憲法論、社会論)では日本の国体を正しく評価できない」というものでした。

言い換えれば、1935年〜1945年の日本では自国の制度や文化、歴史認識を外部世界との繋がりとして「相対化・客観視」する視点を捨て、ひたすら自国優越思想の「主観」で絶対化する思考が政府と軍部、国民を支配したとも言えます。おそらく「ジャパノロジー」研究は、それとは正反対の学問です。



3月6日から12日までは、こちらも本の取材を兼ねた旅行で、長崎と沖縄へ。原爆関係と沖縄戦の強制集団死(いわゆる集団自決)関連の場所を主に訪問し、沖縄ではフェリーで渡嘉敷島にも渡りました。

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長崎の眼鏡橋。米軍が計画していた長崎の原爆投下目標は、この眼鏡橋の二つ西に架かる常盤橋という橋でした。投下当日は、第一目標の小倉と同様、長崎も厚い雲に覆われていましたが、一瞬だけ切れ目ができ、爆撃手が目標をきちんと確認せずに投下したとされます。

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長崎平和祈念公園の平和祈念像。

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沖縄のシムクガマというガマ(洞窟)の入り口を内側から見たところ。このガマに隠れていた民間人は、勇気あるリーダーの判断で米軍に投降したため、ほぼ全員が助かりました。



なかなかにヘビーな三週間でしたが、今執筆中の二冊の本に活かせそうな情報をいろいろ得ることができました。来月中旬には、今年一冊目の本が出る予定ですが、それについては改めて告知します。



【おまけ】

中国と台湾、長崎、沖縄で食べた、美味いもの。食という面でも、今回の旅行は大満足でした。

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2017年2月19日 [その他(戦史研究関係)]

今日は雑誌とイベントの告知です。

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まず、今発売中の『週刊金曜日』(2017年)に「氾濫する『反日』という言葉の暴力性」という記事を寄稿しました。産経新聞や月刊『正論』などで多用される「反日」という言葉の定義や使われ方のパターン(大別して三種類に分類可能)を読み解いています。

日本の将来を危惧して、今の首相の政策を批判する人間(政治思想はさまざま)に対し、なぜか「反日」という罵倒が浴びせられることがありますが、その背景にはどんな思考があるのか。過去の日本でも見られた、そういった罵倒の先にはどんな未来が待っているのか。考える一助になれば幸いです。


続いて、イベント二件の告知を。まず、3月1日(水)に明治大学駿河台校舎研究棟2階第9会議室で、宗教学者の島薗進さんとの対談イベント「人のいのちが軽くなる時代 戦前と戦後と2010年代(第298回現代史研究会)」があります。

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今も日本会議などが継承する戦前戦中の「国体」思想が、「人命を軽く評価する価値観」として日本に蔓延した話などについて、思うところを述べたいと思います。参加費・資料代が500円となっています。

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3月4日(土)には、上智大学四谷キャンパス12号館2階202教室で開かれる、こちらのシンポジウムで20分ほど話をする予定です。

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テーマは「政治に従属した戦前の日本研究とその反省」で、戦前(1930年代後半)の日本で、日本研究がいつしか「国体」という宗教的政治思想を理論的に補強する材料に変質していった経過を、改めて反省的に振り返る内容です。参加費は無料です。

どちらも東京でのイベントですが、興味のある方はぜひお運びください。特に、大学生や20代の方に多く来ていただきたいです。

 
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2017年2月12日 [その他(戦史研究関係)]

先月後半はいろいろ忙しくて、告知がいくつかあったのに更新できませんでした。

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まず、1月14日に放送されたTBS『報道特集』で、トランプ米大統領(放送時は就任式直前)の政治手法について、私のインタビューが放送されました。2日前の12日に、赤坂のTBSで収録したものです。

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この日の特集一本目は、トランプ氏の「Post-Truth(真実以後)」、つまり「ウソ」を武器として使う政治手法がテーマで、大統領選挙中にトランプ氏が言ったり書いたりした様々な発言やそれに対する反応をビデオで紹介し、その意図を探るというものでした。

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女優のメリル・ストリープ氏がゴールデン・グローブ賞の授賞式で行ったスピーチと、それに対するトランプ氏の「言い返し」が示すように、彼は人間を「敵と味方」に分けて対処する傾向が顕著で、ほんの一年半前には「好きな女優の一人で、人間的にも立派だ」と絶賛していたストリープ氏でも、自分を批判するとなったら一転して「彼女は最も過大評価されている女優だ」と誹謗・攻撃してしまうような人物です。

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イスラム教徒が多い7か国からの入国をいきなり禁止したり、スペインとの国境に壁を築くと言い出したりするのも、こうした「敵と味方」思考の反映で、無造作に「敵と味方」を分けることで、彼を「味方」と見なす人々の支持を得ようとしています。しかし、こうした思考は、人権や人道、平等を重んじる現代のアメリカ社会の理念とは全く相反するもので、こんな人物と「価値観を共有している」「ウマが合う」「相性ぴったり」などと自慢する政治家がいたら、私は「かなり危ない人だ」と思います。



この放送から2日後の1月16日から23日まで、取材を兼ねた旅行で、フランスのパリと、スペインのビルバオ、ゲルニカに行ってきました。真冬のパリは、噂通り寒さが厳しく、のんびりセーヌ川のほとりを散歩という雰囲気ではありませんでしたが、観光客が少ないので、名所で行列に並ぶこともほとんどありませんでした。

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ホテルの部屋から見たパリの夜景。凱旋門とエッフェル塔がライトアップされています。

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観光名所のランドマークは、一度観るとそれで満足(またはガッカリ)という場合が多いですが、エッフェル塔は、観れば観るほどに興味が沸いてきます。これは、ヒトラーの写真で有名な、シャイヨー宮のテラスから見た塔。

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セーヌ河畔の夕暮れ。気温はマイナス6度。

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サント・シャペル。壁を埋め尽くすステンドグラスが美しい。

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ノートルダム大聖堂のバラ窓。これも綺麗なステンドグラス。

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ノートルダム大聖堂そばのカフェで食べたランチ。オレンジ色のコップはかぼちゃのスープで、瓶の中はラタトゥイユ。

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地下鉄(メトロ)のシテ島駅。証明がタイルに反射して優美な景観です。

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パリでは、現地のシミュレーション・ゲーマー(ウォーゲーマー)が食事会をアレンジしてくれました。私ともう一人、米国人のゲーマーも参加。バーで少し飲んだあと、ビストロで食事しました。お開きになったのは12時過ぎでした。

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スペイン北部のビルバオ。バスク地方のヴィスカヤ県の県都で、趣のある旧市街と近代的な都市部が調和した、清潔で過ごしやすい街でした。

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ビルバオにある世界遺産のヴィスカヤ橋は、高い構造物から乗り物を吊り下げて対岸に人や車を運ぶ、ちょっと変わった橋です。構造物の中も、橋として歩いて渡れるようになっています。

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ビルバオでは、MMP社などのアートワークで知られる、グラフィック・デザイナーのニコ・エスクービ氏と会い、バスク地方の話やアートワークの話など、いろいろ聞きました。彼の自宅の仕事場では、作業中のアートワークをどうやって作っているかというデータも見せてもらいました。

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ビルバオから電車で一時間ほどの場所にある、ゲルニカ。スペイン内戦中の1937年4月26日、フランコ側で介入していたドイツ空軍のコンドル軍団が、この街に無差別爆撃を行い、大勢の市民が死傷して、街の中心部は爆弾と火災で廃墟となりました。

ピカソの名画「ゲルニカ」は、この蛮行への抗議として描かれたもので、今はマドリードの美術館に展示されています。現地には、タイルで作られた小さいサイズのレプリカが展示されています(オリジナルは、かなり大きい)。

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ビルバオで食べたボカディージョ。イベリコ豚の生ハムのサンドイッチで、サイズは日本の基準だとかなり大きいですが、なんでこんなに美味いのか、と思っているうちに、全部食べてしまうのでした。


 
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2017年1月11日 [その他(戦史研究関係)]

2017年になりました。本年もよろしくお願いします。まずは、恒例の告知から。『歴史群像』(学研)の2017年2月号が、発売されました。

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私の担当記事は「シベリア出兵」で、第一次大戦後の1918年〜25年に日本軍が米英仏中らと共に行った、内戦期ロシアへの干渉戦争を、政治と軍事の両面から解説しています。今風に言えば「有志国連合」として始まった出兵ですが、途中から日本の迷走が始まります。

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あまり知られていない、シベリアでの日本軍とロシア人の「赤色パルチザン」の戦いの実相にも触れています。同誌昨年8月号に掲載された私の原稿「ロシア内戦」と合わせて読めば、より理解が深まるかと思います。



さて、昨年紹介しようと思って忘れていた、ネットで読める記事を、いくつかご紹介します。いずれも、神奈川新聞の記事です。

時代の正体〈411〉主観に傾倒する政権の暴走(上)
(2016年11月2日公開)

時代の正体〈412〉国の破滅導く「愛国」の矛盾(下)
(2016年11月3日公開)

天皇誕生日に考える「生前退位」 特別立法の何が問題なのか
(2016年12月23日公開)

過去の歴史との向き合い方、「愛国」とされる思考の正体、今上天皇の「生前退位」問題など、今の日本が直面する諸々の問題について考える際、参考にしていただければ幸いです。最初の二つは、無料のお試し登録をすれば、最後まで読めます。

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また、過去に新聞やネット媒体などに寄稿した原稿を再録したブログもあります。こちらも、参考になれば幸いです。

山崎雅弘 原稿保管庫

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2016年12月11日 [その他(戦史研究関係)]

今日は告知をいくつか。まず、朝日文庫から『[新版]独ソ戦史』が12月7日に発売されました。

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これは、学研M文庫から2007年に刊行された『[完全分析]独ソ戦史』に修正と加筆を加えたもので、1939年8月の独ソ不可侵条約締結から、1941年6月の独ソ開戦、レニングラード、モスクワ、セヴァストポリ、スターリングラード、クルスクなどの激戦を経て、1945年5月のベルリン陥落にいたるまでの独ソ戦全体をカバーする概説史です。

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収録の地図25点は同じ(一部間違いを修正)ですが、濃さを調節して、より見やすい形に仕上げています。独ソ戦をテーマにしたシミュレーション・ゲームの参考資料としても最適です。価格は、税込み929円です。

[新版]独ソ戦史(朝日新聞出版の商品ページ)



次に、ネット番組のお知らせ。11月29日、ジャーナリストの岩上安身さんが主催されるIWJインデペンデント・ウェブ・ジャーナル)のネット番組で、生中継のインタビューを受けました。当日は午後4時半頃から六本木のスタジオで放送を始め、予定より長くなって、終わったのは午後10時45分頃だったと思います。

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トータルで6時間以上の放送でしたが、リアルタイムで観ていた方も常時500人以上おられたとのことでした。その内容が、昨日と今日の2回に分けて再放送(再配信)されています。今日は「後編」が、午後7時から以下のサイトで配信される予定です。

IWJチャンネル CH1


それから、12月18日(日)に、神戸で講演をやることになりました。会場は、神戸駅に近い「あすてっぷKOBE」というところで、テーマは「安倍政権と日本会議はなぜ『日本国憲法』を敵視するのか」です。

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特定の政治家や政権、政治団体を糾弾・攻撃することが目的ではなく、彼らの思想の背景にある価値観はどのようなものなのか、その源流はどこにあるのか、前回それと同じ政治思想と価値観がこの国を覆い尽くした時に、最後にどんな結末を迎えたのか、という歴史的事実に光を当てる内容です。

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開場は13時、私の講演スタートは13時40分の予定です。参加費は1000円(学生は500円)です。興味のある方は、ぜひお越しください。

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2016年8月9日 [その他(戦史研究関係)]

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今日は、告知を二つ。まず、朝日文庫『【新版】中東戦争全史』が、8月5日に発売されました。

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2001年に学研M文庫から刊行され、7万部のベストセラーとなった旧版『中東戦争全史』に、それ以後の15年に起きた出来事を大幅加筆したものです。

今回追加した二章では、9.11とビンラディンの反米テロ闘争、パレスチナの分離壁と2008年のガザ紛争、イランの核開発とイスラエルの反応、アラブの春とそれに続くシリア内戦、イラクとシリアにまたがって出現した「イスラム国」などについても、パレスチナ問題と絡めつつ、それぞれ独立した形で全体像を理解できるように書いています。旧版をお持ちの方にも、強くお薦めできる内容に仕上がっていると思います。

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タイトルに中東「戦争」という名がついていますが、古代イスラエル王国からの歴史や、戦間期のさまざまな政治的出来事も簡潔に解説しており、これ一冊で中東問題全般の基本的な構図は理解できるかと思います。 今回の新版では、地図も新しく自分で作り直し(旧版の地図は編集サイドで用意)、新しいのも数点追加しました。

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また、今回の朝日文庫の新版では、尊敬する内田樹さんに巻末の解説文を書いていただきました。この本だけでなく私の戦史・紛争史研究の仕事全般について、本人の気付かなかった部分まで深く読み解いて下さり、本当に有難く思います。いろいろ瑕疵はあれど、方向性は間違っていないとの認識を持てました。



二つ目の告知ですが、久々に、電子書籍の新刊を出しました。

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『中越戦争 1979』


同じ共産主義国である中国とベトナムの間で発生した、17日間にわたる軍事衝突の政治的背景と軍事的経過を、わかりやすく解説した記事です。他では、なかなか得られない情報も多く含む内容です。

これに関連するテーマの電子書籍として、

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『現代中国の国境紛争史』


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『中国・台湾紛争史』


もお薦めです。前者では、チベット問題や新疆ウイグル問題の歴史的背景も解説しています。

第二次大戦後に成立した中華人民共和国が、現在までにどのような形で対外紛争を行ってきたかを知ることは、政治的思惑で「隣国の脅威」を際限なく誇張し膨らませる言説の罠に落ちることなく、現実の安全保障問題を考える上で重要だろうと思います。



 
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